第1章#8-7 武田商人の戦い

#8-7 甲斐国 府中東二里 板垣郷 糧物座寄合所  大永元年十月十八日 1521.10.18 side板垣右兵衛尉信泰


「皆の者よう集まってくれた。このひと月で集まった兵糧、みなお主らの働きによるもの。まこと感謝に堪えぬ。」


「い、板垣様に頭を下げさせるわけにまいりませぬ。ご冗談でもご容赦ください。」


「何、禿げた爺の頭などいくら下げたところでどうという事もないわ。」


「父上お戯れはお止め下され、皆も恐縮しております。」

座を仕切る息子の信方が儂を諫める。


信方も出来は良いのだがすこし生真面目でいかん。

新しい武田は、姫様のように頭も柔らかくないと。


「何やら邪なことを考えておられませんか。」


「いや、姫のようにもっと柔らかくだな・・」


「んなっ、お屋形様の奥方に対しなんと淫らなっ!」


「何を申す、姫様のように考えを柔軟にせいという・・」


「板垣様、親子の戯れはともかく話を進めてくだされ」

供の者が促す。


まあ良い、姫が柔らかいのは確かであるがの。

頭じゃ、頭じゃよ。


「貢川の郷に立てた今川の陣はもうだらけ切っておるであろうな。」


「はい、今川の福島様としても、初戦敗退とは公言できますまい。武田の姑息な罠により軍は一旦身を引いたが、お味方被害は軽微。大事を取って必勝の陣形を整える故5日の間軍装を解くと下知されました。」


5日か、ならば、7日は動かぬな。


「よいよい、毎日座の者は市を立てておるな。」


「勿論でございます、米は1升200文、稗は半額の100文で座の者総出で商いに向かっております。」


「先日の十日市では米1升120文であったろう?」


「いやいや戦場に、武田様の目をかいくぐり、必死で米を運んでおるのですから安い位でございましょう。」


「当然その相場で兵から買い取るのであるな。」


「次々と兵は、自分の給米を、稗と交換し、銭に替えております。」


「福島はどう動くかのう。」


「米は甲府を攻めれば手に入るとふんでおりましょう。まあ、こんな高い兵糧なんぞ買い支え出来ますまい。」


「いやいや、米はまだまだ高くなるであろう。」


「はい、(笑み)欲しがる者が増えれば値が上がるは商いの基本故。」


「では、懐の温くなった今川には散在してもらわねばな。酒と女はどう調達した。」


「板垣様の領地より、黒川金山の遊女や芸者衆を移しており、すでに今川陣の西の石田村に集めてございます。」


「それで万の兵を支えられるかの?」


「黒川千軒を誇る、東洋一の金山を支える荒くれ物の欲望を受け止める艶衆でございます。今川の若筍ちぇりいぼーいなど造作もありますまい。」


「さて、勝ち戦続きで浮かれる今川共め、色に溺れるが良い。」


「はい、たっぷりと骨抜きにさせてやりましょうぞ。」


「武田の若い衆にも骨休めが必要だろう。これで楽しませてやってくれ。」

懐から袋に入った、黒川からの粒金を座の代表に手渡しする。


「もちろん、特上の綺麗処に澄酒は甲府の町中にてご用意してございます。ぜひとも戦働きの皆様は揃ってお立ち寄り下さい。」


-甲州商人が通った跡にはぺんぺん草も生えないという。

これはずっと時代が下ってからのお話。

後の学者の研究によると信虎公のご治世のあたりから、妙に知恵をつけた商人が増えたというが、

この言葉の謂れとはまったく関係のないのは言うまでもない。


多分。-


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