第1章#8-6 飯田河原 今川軍撤退

#8-6 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 今川の陣 大永元年十月十六日 1521.10.16 side福島左衛門尉助春


異変を感じたのは、足軽が突撃してわずか半刻のことであった。


亀のように固まる武田軍に突進した長槍隊が次々と群がり、しかしなかなか突き崩せない。

逆に槍を手放し、倒れこみながら陣に戻る兵が続々と増える。


「足軽どもは何をしておる。伝令を出せ!」

あわてて配下が前線に走る。


しばらくしてさらに慌てて駆け込むように伝令が戻ってくる


「お味方、多数が戦意喪失!直ちに、直ちに撤退の下知を!」


「何を申して居る、敵も必死に抗うとはいえ、4倍の数で囲めば、武田もそうそう持ちはすまい。すべて突っ込ませ押しつぶすが早かろう。」


「申し上げます。前線の長槍は、武田の防護に全く歯が立たず、逆に近づく今川の兵という兵は悉く槍の餌食となっております。しかも武田の槍勢はまったく疲れ知らず。何度突進しても、変わらぬ勢いで槍さばきが向かって来ます。」


「何?今川の槍隊は、歯が立たんと言うか。」


「はい、このまま策もなく突撃を続ければ、我が足軽隊はわずか500の武田兵に全滅かと。」


「信じられん、誠か。」


「まず今は下知を、いたずらに兵を消耗するが下策。」


「ううむ、撤退の鐘を鳴らせ!引けぇ~。引けぇ~。」


撤退の鐘が鳴り響き、福島一行は飯田河原より半里南に下った、貢川沿いの岡の上に張られた仮陣屋に戻った。


「ええい忌々しい。我が軍の損耗はいかに?」

傍らの軍監を促す。


「は、騎馬30騎が不明、15騎は重傷であると伝わっております。」


「100騎出て半数しか戻らぬか、武田め、騎馬をあれほど隠し持つとは、うかつにこちらも出られんな。」


「はい、対応するにせめて同数の騎馬で向かうか、大軍で囲み足を止めるか。」


「まあ兵は優っている。次回は武田の馬回りをつねに弓で牽制せよ。」


「承知!」


「足軽は?」


「こちらは、確認できただけで、正面軍2千に対し、重傷200 軽傷500 討死15となっております。」


「む、討死15とな?思ったほど被害は無いではないか?そのまま押し込めば向こうを打ち破れたのではないか?」

わずか1刻で撤退したのは次期早々であったのではないか?


「それが、実は・・・。」


「どうした、遠慮なく申せ。」


「相手の槍隊の損耗はこちらが見る限り皆無にござります。」


「武田が無傷であると!馬鹿を申せ、2千の兵が寄せて、ただ一兵も討ち取れぬわけがあるまい。相手も足軽ぞ、しかも河原の前から一歩も動けなかったではないか。」


「今川の長槍を良く対策されております。きゃつらは、盾隊を組織し、槍はその盾に隠れた隙間から狙ってきます。突きに弱い今川の長槍は、盾を破り武田の槍を突き返すことが全くできておりません。」


「ううむ、しかし、討ち取られてもいないのであろう。」


「左様にございます。武田の槍は動きが遅く。撤退時も決して追撃して来ませんでした。とはいえ、こちらの槍足軽も軽傷が多いといえ、皆、槍で突かれた傷。元の槍持ちにはとても戻れますまい。動けるものも全て荷駄勤めになろうかと。」


「ええい、ではいかがいたす。」


「幸い武田の槍隊は機動性が無く、また弓の援護もありませんでした。ここは陣形を替え対応すれば、いかな武田の策といえど、万の軍勢には敵いますまい。」


「うむ、苦手な敵に正面から当たる必要など無いのは道理か。して、陣替えにいかほどかかる。」


「四、五日ほど頂ければ陣立てを替え対応できるかと。」


「あい分かった、何最初は小手調べ、こちらの被害も軽微であったし、次こそは目にもの見せてやるわい。」


いやいや、その次こそ、目も当てられない目にあうのであるが

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る