第1章#8-5 不破乱玖珠 守人

#8-5 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 武田の陣 大永元年十月十六日 1521.10.16 side原美濃守虎胤


それがし、鬼美濃などと呼ばれるが、二つ名というやつらしい。

武将たるもの二つ名で呼ばれると嬉しいらしいが、某にはよくわからぬ。

それはともかくとして、某は足軽大将である。


足軽大将は、甲斐国内の各村から割り当てで出兵された足軽たちを統率し、

戦の前線に立つ部隊であることが多い。


戦の花形は正直、馬回り組のような騎馬隊が中心である。


武田軍でも、甲斐国内の地域を領する領主軍の主力は騎馬隊であり、武田譜代の家臣団である板垣様や金丸様などは、立派な騎馬隊だけで兵を揃え、さらに、弓巧者をあつめた供の者による弓足軽も持っている。


そう、弓隊も、足軽としては花形の部隊である。


弓隊はしばしば戦の戦況をいっぺんに変える。

どんな武将でも、遠矢の一射で命を落とすことがある。

つまり優秀な弓兵を揃える隊は、騎馬隊と同じくらいの価値を持つ。


だから、浅利様のように、弓馬にすぐれた武将を持つ部隊は、どの軍も敵には回したくない。


つまるところ。槍を中心とした部隊は、格下部隊である。


錬度も低く、装備も貧弱な百姓兵を、なんとか兵としての形を整え、きちんと並べて、上官の言う通りに、進み、止まり、声を出せる者が揃えば上出来という者たちの集まりであった。


そんな者たちを纏めなければならない足軽大将は、どうしても他国から流れて登用された浪人者の働きを見る登竜門である。


素人集団をまとめ、言う事を利かせる能力が無い奴は、いつの間にか甲斐から去るか、戦場で討たれるか。


十八の歳に落城した故郷から落ち延び、甲斐へ身を寄せて幾年たったろう。

ここ甲斐の国で戦働きに努め、お屋形様に虎の名を頂けた。


そしてこの度、足軽共をなんとかまとめてきた某に、聞いたこともない槍隊を任してくださった。


不破乱玖珠ふわらんくす」重装槍隊

何度聞いても不思議な響き。


基本武田の足軽槍隊は、長柄槍と呼ばれる、二間から二間半(6m弱)の竹槍を揃え、その扱いを訓練させる。


しかしながら今回は、その長柄槍を誰も持たない槍隊が創設されたのだ。


足軽隊をそれぞれ集まった村毎に組み分けを行う。


その中で、何度か戦に出たことのある年配者をかしらとして、力に優れたものを六名、戦の経験の浅い者や非力な者六名、さらに耳の良いものと、算術の出来るものを、それぞれ一名づつの十五名を単位とする集まりを作った。



頭は陣の中心で指揮を執り、上向きの盾を掲げる二名が頭を上から守る。


力に優れた六名は槍持ちとして鎧兜を装備し、侍が持つような見事な作りの二間の長槍が手渡された。

槍持ちの役目は、真っ直ぐに突く事である。

強き者にしかこの槍は渡さんと言い放つと、槍役は進んで鍛錬に勤しむようになった。


そして、六名は盾持ちとして、それぞれ相棒の槍持ちの防護専門を役目とした。

とはいえ自身と、槍持ちの二人を守る盾である。木盾とはいえ、相当大きい。


しかしこの盾役のお役目、各村から集められた特に力に自信の無いものにとっては朗報であった。

戦場で盾に隠れるに専念すれば、それだけ自分の身は安堵であり、特に戦場の足軽にとって、弓矢こそ一番怖い相手である。

槍は片手ではとても持てないため、飛んでくる矢をかわしつつ突進するしかない。


それを、走り回る必要もなく、ただ隣の槍役の盾として、上からの矢と、叩き下ろされる長槍の攻撃をかわすだけで良い。


あまりに都合のいい戦配置に、狐に摘ままれたような心地であった。


さらに訓練はもっと奇妙であった。

まず皆が覚えるは数の数え方から

「ひ~」

「ふ~」

「や~」


この三つだけを徹底的に声を出して覚えさせられる。

さらにその後、槍持ち、盾持ち、頭組と三隊にに分かれ、それぞれの役割ごとの訓練を行う。


それぞれの訓練の後、足軽大将である某が鍛え上げた直属槍部隊の動きを見て実戦での動き方を学ぶ。

と、こういうわけだ。


さて、姫様と萩原備中守さらに板垣のじい様とで考え抜いて作り上げたというこの部隊。

われらの動きをご覧いただこう。


小隊は、守りと戦いの2組で1隊となる形で、1隊30名で構成する。

前の攻撃組槍5人盾5人 左右側面に槍2人づつ、後方守りの槍が1人

盾も左右に3人づつ後ろ1人 攻め頭一人、守り頭一人。

頭上盾守り4人

そして大八車が2台。一台は槍を、もう一台に盾の替え、さらに水や各兵の荷物も乗せられるようになっている。

この車は控えの槍と盾守り二名づつが引く。


演習の様子を見せよう。


太鼓の音一つ

「ドーン!」

ひーの大声

隊は

「ひ~。」

と大声を出し前に一歩進む。


続いて

太鼓二つ

「ドンドン!」

「ふ~。」

同じく

「ふ~。」

止まる。


太鼓を連打する。

「ドンドンドンドン!」

「や~。」

槍が繰り出される

「ヤ~!」


ここまで来て足軽たちは初めて

「ほー、それでひーふーやーだったちゅうこんけ~。」

「いや、おいらもなんでひーふーの次がみ~でないのか不思議だったずら。」

がやがや騒がしくなる。


あ、それ某も思ってた。ほんと。


天井守りの一人は砂時計を持ち、砂が落ち切ると

「次ー」と声をかける。

すると後ろ番と控えの槍と盾計三人づつが前列に割って入り、前の者は左右にズレていく。

側面の守りは後ろに、後ろの者は控えに入り、順々に休憩できるようになる。


盾は守りの頭の指図に従い、周りの足軽か、前方からの矢かいずれかに対処する。


槍は攻めの頭の指示に従い、槍の間を合わせる。


音係は、常に本陣からの太鼓の音と、合戦の鳴り物に耳を澄ませ、指示を確認して頭に武田の陣の動きを伝える。


それぞれが役割を分担し、槍と盾が前から後ろに順番に入れ替わることで、常に前方の槍役が疲れることの無いように少しづつ進む。


これは、戦う相手から見ると疲れ知らずの槍隊と相手するに等しい。


名付けて「不破乱玖珠」決して相手に破られることの無い珠が重なり合った無敵の陣だそうである。


繰り返しになるが、まったくもって不思議な響きである。


が、神仏の加護の詰まった何か男心を高揚させる陣の名前である。


その無敵の陣が、このたび始めて今川の足軽の前に立ちはだかったのだ。


で戦場の様子に移ろう。


「や~。」


先ほどより太鼓は鳴りやまず、足軽たちは全員で

「や~や~や~!」

と怒鳴りまくっている。


この掛け声は腹に力が入る。面白いように今川の足軽に、前列組の槍が刺さる。


「次ー!」

交代の合図だ。

正面に後ろの控えの者が割り込むように入り込み、一つづつ配置がずれていく。

後ろに回り、控えに入ると、桶から水を汲み飲み干し、手拭いで汗を絞る。


戦いの最中休憩ができる陣など前代未聞であろうな。


すぐに前列の槍陣へと戻って行くとはいえ、この陣組ならいくらでも槍を振るえよう。


目の前に倒れうめき声を上げる今川兵が多すぎて、逆に前に進めなくなってしまっているのが玉に瑕であろうか。


「お頭ぁ、なんで俺が指揮しなきゃなんないんですか~。」


「そりゃ、強い順に槍役と決まってるんだから、仕方ねえじゃねえか。」


頭使う役目なんぞまっぴら御免だ。あー楽しいなぁ。某、足軽大将で良かった。

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