第1章#8-3 甲府盆地 合戦陣立て
#8-3<回想>甲斐国 府中 躑躅が崎館 大永元年十月十四日 1521.10.14 side荻原常陸介
「さて、物見より、今川の大軍が富田を出立したとの知らせが届いた。」
私は居並ぶお屋形様の直臣達を見まわす。
「早くはないか、市が立ってわずか3日ぞ。」
鬼美濃であろうか、今川に勝ち逃げされた屈辱を果たすべく、意気盛んである。
「市で兵士の兵糧が商人に流れたことで、城の兵糧が乏しくなったと見える。」
先代信縄様以来の重臣下曽根出羽守が口火を切る。
「市のあと、兵士への給米を先延ばしにしようとしたようだが、肝心の兵士持参の腰米まで、酒や銭に変えてしまったらしく、福島らも、米を出さぬわけには行かなくなったと見える。そうなると蔵に残るは半月分の米、早く戦を終わらせねば、飢えて戦わねばならぬ。足軽もこの府中に攻め込めば、蔵に米が溢れておると勢いておるに相違あるまい。」
これは浅利伊予守殿だな。まさに市の現場に居たのだから詳しいことよ。
「しかしそれでは騎馬の飼葉も補充できまいな。」
「富田に荷駄隊含め二千は残る。きゃつらは草刈部隊よ。」
「すると全軍で七千から八千と見た。して馬は。」
「多くて千だが、荷駄にも残すであろう。せいぜい800だろう。」
「本陣に800揃えるか。」
それぞれに話が弾む。さて、戦の陣立てを進めるか。ある程度声がおさまったところで皆の顔を見て話し始める。
「勝つつもりなら800を守りに使わずすべて本陣に当てるべきであろう。しかし今川は大軍。福島殿は大事な騎馬を手放しはすまい。」
みな、黙って次の言葉を待つ。
「今川は、どんな陣形であろうと数で押しつぶす算段。馬が攻めてくればその倍の馬で当て、足軽が攻めればその倍の足軽を当てて武田をひねり潰すつもりであろう。」
「わが陣立ては如何に。」
鬼美濃が我慢できなくなったようだ
「御屋形様宜しいですか。」
さて、この陣立て、椿様との話で出てきた物だが、姫は人の心というものを良く見ておられる。戦は、人が行う物とは確かである。
「よい、皆に話せ。」
「では、皆様方、今川の大軍、此度は府中前の、飯田河原前にて布陣を考えております。」
布陣の場所にどよめきが起こる。
「合戦の場として、近すぎるのではないか。抜けられては後が無い。」
内藤殿がすぐに反応する。
「至極尤もでございます。とはいえ、こちらも万の軍勢を揃えること能わず。どこに陣を敷こうと、抜けられたら終いでありましょう。」
「何故、国府の前に陣を敷く。」
「まず皆様方、今川は何故今回動きました。」
「兵糧が足りぬからであろう。」
「つまり、この甲府の町に蓄えられた兵糧が欲しいのでありましょう。」
「当然だな。」
「さて、今川は、大軍で町を囲めば、武田が落ちるは容易いと考えるのでは有りませんか。」
「さもありなん、万の軍勢で囲まれれば、町人も生きた心地はすまい。」
「さて、ここで、われらが守りが薄ければ、今川はどう動きましょう。」
「当然大軍で我先に大挙して押し寄せよう。」
「さて、御屋形様の奥方椿様は、軍の数が少なければ、町中にその何倍かが潜んでいるに相違ないと考えると仰いました。」
「町に引き込んで戦をしては、町が滅茶苦茶になるではないか。」
「今川は負け知らずで、富田まで進軍しております。甲斐の諸侯も、御屋形様のお味方にはせ参じることなく様子見と伝わっておりましょう。窮鼠猫を噛むと申します。自分の町を戦場にと考えてもおかしくは有りますまい。」
「うむ確かに。」
「ですから、今川の足軽も先陣切って町中には入り込みたくは無いでしょう。」
「つまり囲んでわれらを脅すのみと申すか。」
「少なくとも兵糧を武田が自らの手で焼き払っては元も子も有りますまい。甲府の町は無事なまま手に入れようと思うでしょうな。」
「ゆえに、入口は寡兵をもってあたるというわけだな」
「いかにも、今川は兵糧が薄くなったとはいえ、ひと月はしのげる米は今だございます。急ぎ戦って、いたずらに兵を減らそうとは思いますまい。」
「して今川はどう動く。」
「最初の戦では、向こうはひたすら守りに徹し、自らは動きませぬでしょう。」
「しかしそれでは戦になるまい。」
「短気で激情型であると信虎様は今川に広く知られております。今川が挑発すれば我慢できずに向かってくるはず・・」
御屋形様が動く。
「まて、今川の挑発になど・・。」
「と、椿様は断言しておりました。流石にその様なこと、御屋形様も成長なされ、家臣の言葉も聞かず飛び出すなどということはめったにあるまいと申し上げたのですが、いや今川はそう思うよってことだと。」
御屋形様の口元が少しにやけて、慌ててキリっとした。
非常に分かりやすい。
「さよう、今川どもはそう我らを見くびるであろうな。」
「ですから、今回は我らは挑発にのらず、今川が我慢できない状況に置こうと思います。」
武田の陣立ての確認と各々の配置について。議論は深夜に及んだ。
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