第1章#8-1 飯田河原の合戦
#8-1 甲斐国 府中南一里 荒川飯田河原 今川の陣 大永元年十月十六日 1521.10.16 side武田左京大夫信虎
-後の時代に書かれた歴史書の中で、この年の今川軍侵攻の動きは、武田存亡の危機として数々の資料に記録されている。
今川軍は9月3日に甲斐国に侵入してから、2つの戦いに快勝し、その後富田城を本拠地に、1か月ほど甲府盆地を荒らしまわり、火をつけ食料を強奪して回ったが、甲斐の国人たちは、信虎の味方に付くこともなく、信虎はわずか2000の兵で、万を越える今川の兵と、甲斐の府中躑躅が崎館からわずか1里南方の、荒川を挟んだ北岸に陣を張ったという。
確かに寡兵で大軍を破る例は戦国時代にも例はある。有名な織田信長の桶狭間の戦いも3000の兵で2万5000の今川義元の軍を破ったのだからその差はもっと大きい。
しかし、この飯田河原の合戦。後の軍学者が様々に解釈をしたものの、何故信虎軍が勝利を収めたのかさっぱり原因が分からないのだ。
当時に大雪や大雨の記録もなく、河原越しの決戦とはいえ、それほど広い大河でもない。
何より武田の本拠地躑躅が崎館より合戦推定地まで直線で繋ぐとわずか1里(4キロ弱)である。
この時代躑躅が崎館の南方には新しい城下町が建設されていたのだから、つまり甲府の町境のほぼ直前に今川は陣を張っている。
いわば、最後の守りの国の首都玄関前に、自国の軍勢の5倍の敵軍が迫っている状況という事だ。
えっ何これ無理ゲー状態である。
これがテンプレの異世界転生ものであれば、現代から転生した信虎(かもしかして、その配下のだれかさん)は現代チートを使って何とかしたかもしれないが残念ながら信虎は最初にお話しした通り、今のところ頭も筋肉でできている喧嘩っぱやいヤンキー城主でしかない。
後世の英雄武田信玄もまだお母さんのお腹の中である。
そして、一応この物語の主人公である、信虎のマイハニー大井夫人椿姫は、あらかじめ釘をさしておくが、どこかの女子高生がトラックにぶつかって目覚めた存在では無いし、全国剣道大会優勝の女子中学生が、優勝の後で男子部部長に告白しようと体育館裏に駆けだそうとした途端周囲に魔法陣が広がり光に包まれてしまったりもしていない。
しかしながらこの合戦は史実に存在し、信虎軍はこの戦に大勝し、そしてしつこいようだが、椿姫は転生人でも魔法使いでも、陰陽師でもない。
期待されたら申し訳ないが、この話はほのぼの子育て物語なのだ。(たぶん)
決してハード系戦国大河ドラマじゃないのだ。(たぶん)
という事を頭に入れて、我らがボス虎ちゃんの動向を眺めていこう。-
「やはり馬が少ないな。」
俺は対岸に布陣した大軍から来る迫力と、そして不思議な安心感を感じていた。
戦を一月持たせると、馬が半減する。
椿は軍議の場でそういって要害の城に籠った。
もういつ赤子が生まれてもおかしくはない。
俺と同世代の若い臣下は、椿を嫁に迎えた後に改名した俺の信虎という名にあやかり、次々と虎の名を欲しがった。
その理由が、姫から俺たちも虎ちゃんと呼ばれたいからというふざけた理由なのが腹立たしい。
まあ冗談だとは思うが。
冗談だよね、みんな本気にしてないよね。
椿が虎ちゃんて呼んでいいのは俺だけだからな。
いやいや今はそんな時ではない。さて、陣容を見てみよう。
河原に対峙する軍は、中心に福島左衛門尉助春を大将とする騎馬約三百騎で囲んだ本陣。
その周囲を守るように弓隊が二千。
少し手前を足軽隊が二千。右翼に騎馬百騎と足軽隊二千。
左翼が騎馬百に足軽千位かな。
やはり使える馬は五〇〇騎に減ったか。
足軽と弓合わせて七千とこちらは予定通りだな。
対するうちの陣営は、騎馬1500に槍隊500合計2000!
いやあ潔いよね騎馬は勝ってるけど、弓0ですよ零!
まあ騎馬が弓は持ってるけど、今回は役目が違う。
合戦の初戦は弓の打ち合いだろ、もう向こうの弓防ぎようがないやん。
まあ一斉に足軽が川を渡ってきても防ぎようは無いんだけどね。
「おい常陸介、この大舞台に用意した我らの策は・・・何だっけ?」
「
しれっと陣の横で事も無げに回答する荻原常陸介。
「鎌倉の時代、蒙古軍を西方で退けた白い肌の民が用いた戦法と聞きます。これは明国にも伝わり、重装槍集団戦法として、正面の敵を防ぎつつ大打撃を与える戦法として知られております。」
でその戦法を鬼美濃たちに仕込んだのがこの槍隊なんだろ。
「で、勝てるのか。」
「歩兵には最強かと、ただし馬には弱いです。」
「それで、俺らは・・・。」
「はい、徹底的に馬を潰すべしと。」
そう、俺たちは今回、しつこい位に今川の騎馬を引っ張りまわし、浪費させた。
大軍は鈍重である。
そこに食料を制限すると、広い範囲から食料と燃料を集めるため、騎馬は毎日引っ張り出され、そして走り回らされた。
飯富隊は馬をなるたけ城から離れた位置まで引きずり込むため、馬の餌と、少々の米を積んだ荷車を毎日用意し、少しばかりの餌と、米を常に収奪させた。
いや時々は今川の目の前で餌となる牧草地に火を放ち、餌確保に大軍で行進した足軽たちの気力を萎えさせた。
さらに原方の牧草地にはところどころに壕を設置し、荷車を追って勢い込んで飛び込む騎馬の絶好の罠となった。
走りこんで壕にはまると多くの騎馬は足をやられ、そして足を挫いた馬はもう使い物にはならない。
ただでさえ餌が少ないところを連日のように荒野を走りこまされ、しかも毎回少ないながらも兵糧としての米が成果として得られるために。今川の騎馬隊は出動せざるを得なかったのだ。
決して武田の弓矢や刀に襲われているわけではないのに、1日に10頭ほどの馬がどこか身体を傷め、戦列から離れねばならなかった。
それがひと月も続くことで、いつの間にきちんと騎乗できる馬は500まで減っていた。
「恐るべしは常陸介の策かな。」
「いえいえ、それを実現させるはお屋形様の指図の見事さです。」
「まあ言う通りにしないと椿に叱られるからな。」
「存じております。」
おい、少しは配慮しろよ、常陸介はいいよ、どんどん策を練っては、椿に相談すると、俺と違って怒られもしないで、逆にどんどん案が広がってくし。
俺の案はたいてい却下されるし。
俺お屋形だぜ、武田の総大将だよ。
愚痴をこぼしてもはじまらないな、はあっ。
「さて、始めるか。」
「はい、今川に武田の舞を披露しましょう。」
俺は、軍配を挙げ、同時に法螺が大音量を鳴らし始めた。
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