第1章#7-5 追えども追えども
#7-5 甲斐国 御勅使川扇状地 原方 小笠原宿北一里 大永元年九月二十七日 1521.9.27 side飯富虎昌隊
「親~分、今日は物凄い砂煙が向かってきますぜ~。」
部下の軽口にあわせて
「いやあ大量にカモが引っ掛かりそうだな、荷馬車隊今日は多いからな~。
いいかこの籤を引いて、赤印が出た荷はちゃんとお客さんにお土産を残してやれよ~、あとは金丸筑前守の隊と交代で、押さえてもらうから、みんな、イイ加減に走って適当に逃げろ。」
「まったくうちの大将は、指示までおおざっぱだからな。いい加減にしてほしいですわい。」
「おいおい、俺らはいいかげんじゃなく、良い、加減だからな。ちゃんともてなせよ~。」
「ヘイ承知~。」
はい解説は飯富三番隊笠井組です。
本日は実に三百騎以上のお客様が並んで迫りますね~。
合戦みたいだねぇ、いや合戦中か?
はいまずは二つに分かれて、向こうさんも団体さんだからキレイに分かれるねえ、見事なもんだあ。
さらにこの先でおいらはこっちの路だなっと、まだまだ追いつかれるには早いからねっと。
街道を二手に分かれて騎馬の追っ手から五~六町(5~600m)くらいか、まあこのままだとあっという間だけど、ここでさらにイイ加減にてんでバラバラに分かれる。150騎の追手がまたまたキレイに50騎づつ3つに別れたねえ、ええと赤籤は切石組の馬車だったかな、おいら達はここで少しづつ積み荷の藁束を、放り投げまーす。
#7-6 甲斐国 御勅使川扇状地 原方 八田牧周辺 大永元年九月二十七日 1521.9.27 side福島隊騎馬兵糧調達隊
今回の今川の出陣、兵糧は十分に用意された進軍である。とはいえ秋の初めの進軍であるから、軍馬の餌は進軍先で十分確保できると思っていた。
ところが、いざ現地で戦ってみると、
富田城の周りの藁は全て畑から持ち出され、さらに刈り取った残りから生えてきた遅延びの稲すら、武田軍はご丁寧にかき混ぜて水まで張ってくれて立ち去ってしまっていた。お陰で、泥まみれの草は餌には到底使い物に無い。
仕方がないのでしばらく足軽総出で周辺の雑草を集め回ったが十分とは言えなかった
そんな状況で、追いかける馬の群れの眼前に、ポーンと藁が飛んできた。
「??」
今川の騎兵の馬はよく訓練された軍馬であるから、無視して進ませる。
しかし、馬も生き物、いつもより少ない飼葉の食事に、放り投げられた藁束が転々と続く路に、つい馬の足並みが乱れる。
先頭の馬群の、つい立ち止まりたいという願望から来るであろう迷いの走りが、後続の馬達にも伝わり、騎手がしっかり手綱を握っているはずなのに、ほんの少しづつ速度は落ちていく。(現代で言うとちょっとの坂道による車の速度の低下が、次々と後続に影響して大渋滞につながってしまうようなものだ。)さらに少しづつ続いていくと。あれよあれよと馬足が遅くなる。するとついには最後尾の場列は一時停止してしまうくらいに歩みが遅くなる。
さて、駆け抜ける馬は、ご馳走を前にしても騎手の言う事に従い駆け抜けるが、
一度停止してしかも目の前に藁束が転がっていたら馬の気持ち的に如何であろう。
当然である。
後続の騎馬は騎手の手綱に抗い、つい眼前のご馳走に首を傾けてしまう。
かくして、後続が次々と脱落すると、馬とはやはり賢い生き物である。
真面目に先頭を走っていた馬も、何だかおかしいと思うのかいう事を聞かなくなってきた。
追いかける武田の馬車隊は大きく円を描いていつの間にやら元の場所に戻るような道筋を選んで走っているらしい。
すでに止まって藁をムシャムシャはじめた馬列の横っ腹を、引き続き藁をところどころに放り投げながら、武田の荷馬は走り去る。
さて、同僚の馬が一生懸命目の前の武田軍に向かってへとへとに鞭打たれて走るその視界の先で、のんきに足を休めている馬列があったら、自分ならどうするであろう。
そう、(やってられねいぜちくしょうめ)
確かに馬も畜生の一種である。だから本能に従い、他の群れの仲間と同じ行動を次次と取り始めた。
いつの間にか散乱した藁束に向かって思い思いの方向にゆっくりと進み藁を食べ始める馬列。いくら手綱を引いてもこうなっては馬もビクともしない。0
そのすきに武田の兵たちは北にむけて走り去ってしまった。
#7-7 甲斐国 御勅使川扇状地 原方 八田牧周辺 大永元年九月二十七日 1521.9.27 side飯富隊5番隊「切石組」
一方こちらは籤引きで赤印を当てた今回は「切石組」。
ようするに飯富隊の中の出身地域集落ごとの若者で集まった小隊のようなものである。
切石組の役目はずばり、生贄役。
聞くからにいやーな響きを持つお役目である。
ところが籤を引いた切石組の面々は、誇らしげな笑顔で、殺到する馬列を待ち構える。なにせよこの役目を全うすると支給の米が倍増するのだ。
騎手の目がしっかりと相手を確認できる距離まで近づくと
「ひえええええ、お助け下さいませ~。」
と素っ頓狂な声を上げたかと思うと、急停車して。相手が弓矢をつがえる暇も与えずに。
「つ、積み荷はお渡ししますんで命だけはお助けを~。」
なんて白々しくのたまいながら、荷馬車の積み荷の米俵をまずは1俵投げ捨て、さらに逃げようと馬車を走らせる。
当然騎馬の群れは逃がすまいと追いかけるが、何頭かの騎馬は大切な米をそのままにもしておけず残って番をする。
さらに先まで走るとまた少しずつ米俵を投げ捨て、また走る。
とうとう積み荷が空になると、今川の騎馬はもうそれ以上追っては来なかった。
当たり前である。少数の兵士を追いかけまわすより、鹵獲した米を確保する方が大事なのだから。
とはいえ路に放り出された米俵をそのまま馬に括りつけて戻るわけにはいかない。
これらの鹵獲した食料は後続の荷駄隊が回収する手はずになっている。
少し富田城から離れてしまったが、とにかく敵の荷馬車を蹴散らした上、こうして食料も手に入れることが出来た。他の散開した隊も、ほとんど同じ軍勢なのだから、かなりの物資を鹵獲できた今回の作戦は上出来というものであろう。
と、思ったのであるが・・・。
結果今回300騎の騎馬隊で鹵獲した物資は
わら250束 残りは馬たちの腹の中
米俵20俵
であった。
後続の50名の足軽と30頭の荷駄隊は、延々と2里ほどの道のりに転々と並ぶ藁を拾い上げ、食事中の馬の藁を回収し、米俵を運び込む。
大収穫であった・・・はずなのだが、馬の餌となる藁はほとんど備蓄は出来ず、
貴重な米とは言え、遠目に見えた20台以上の護衛も付けていない荷車隊から回収できた食料としては、いささか微妙な戦果であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます