第1章#7-3 原方 兵糧調達
#7-3 甲斐国 御勅使川扇状地 原方 大永元年九月二十六日 1521.9.26 side福島左衛門尉助春
富田の城の拠点整備するのに十日、水の供給、燃料の調達など、今川軍の拠点として形が見えてきた。
しかし口惜しいのがさっさと逃げ去った鬼美濃の軍がいつのまにやら小畠虎盛の軍と合流して丁度穴山領の境になる早川の北岸に強固な関所を構え、穴山の六郎殿から向かうはずの補給物資を、悉く止めてしまっている。
何とか山伝いに伝令を向かわせるが、武田の防諜部隊に阻まれるらしくまったく音沙汰がない。
厭らしいのが早川の関所が、普通の住民を気軽に通してしまうらしい。
なんと駿河では、連日の快進撃と破竹の勢いで城を掠め取った我が隊の評判と、負け続けで、味方も全く増えず、逃げ続ける武田軍の弱隊ぶりばかりが伝わっているらしい。
いまやこの噂は東海中を駆け巡っており、いつ福島勢が信虎を討ち取るのか?
そんな話でもちきりらしい。
これでは今川の殿様も後詰の兵や食料など送ってはこないだろう。まさか勝ち戦で荷駄に困っているなどとは・・・。
「騎馬の調達隊の様子はどうだ。」
「はっ、今朝がた小笠原の宿に出向き商家とみられる屋敷の近くに赴いたところ、武田の荷駄隊とみられる貨車が騎馬に守られていたため、すぐに追いかけました。」
「やはりまだ残っておったか。でかした、で荷駄隊ならばそうそう進めまい。どの程度鹵獲したっ。」
「いや、それが」
「如何にした?荷車など騎馬で追えばあっという間に蹴散らせよう?それほど護衛の騎馬が多かったのか?」
「小笠原を出てすぐに原に出ると、向こうは地の利があるのか、とても荷車とは思えぬ速度で、草原の間に点在する林に逃げ込み、そのまま追おうとかけると、何かきゃつらにしかわからない目印があるのか、急に目の前からいなくなったかと思うと、少し先の林に現れたり、追いかけようとすると嫌な崖や段差が現れたりと、もう少しで追いつけそうかと思うと、弓を構えた騎馬に追いかけまわされたり、悔しいですが、ここは武田の馬駆け場、地の利の無い我が軍では容易に追いつけません。」
「ううむ、とはいえ我が軍には1000を越える騎馬が残っておる、先日の戦でも、武田の騎馬は300程度だったではないか、見回りの軍程度の数では蹴散らせまいが、こちらも300の騎馬で追えば、荷駄など構わず逃げ帰るに相違ない。」
儂は、軍馬方をあつめ、今追撃可能な騎馬隊に指図し、武田の兵糧を狙う徴発隊を組織する。
「語詰めで荷駄隊と足軽隊も向かわせ鹵獲した物資を富田の城に運ばせよ、城の蔵が一杯になったら全軍憂いなく新たに作った躑躅が崎の館に攻めこもうではないか。信虎め新しい城下町を作ったはいいが、お味方にも裏切られ、塀や堀すら満足に作れないただの館と聞く。ここ富田の城から甲斐の新府までわずか5里、早駆けすれば半刻で攻め込めるわ。」
「承知しました、すぐに騎馬を率いて武田を追いまわしてご覧に入れます。」
しめしめ、ここで甲斐の地のあちこちを荒らし廻れば、腰抜けの信虎を見限り、地域の豪族も今川に従わざるを得ないと様子見を諦めるに違いあるまい。
どれ、どいつがまず儂のところに駆け込んでくるやら、早く来た順に切り取った甲斐の土地を管理させてやるのだがなあ。
その為にもこの城の構えをしっかりせねば舐められてはいかんからのう。」
#7-4 甲斐国 大井の郷 椿城下見張り台 大永元年九月二十七日 1521.9.27 side大井上野介信常
親父様は姉の椿が嫁入りして、左京大夫信虎様と改名した際に出家して高雲斎を名乗り、大井の家は兄に家督を譲った。
親父様はもともと好きな連歌に精を出し、もう今更今川との戦には首を突っ込まないと決めたようだ。
とはいえ、兄の嫁さんは、今川の傍流瀬名の姫だから、こちらから堂々と今川と縁を切るわけにも行かない。
どうしても兄者も武田の本家とのやり取りは俺に押し付けるようになってしまっている。
まあ良い、俺は兄よりも姉の生き方の方が好きだからな。
見張り台からは眼下に広がる原方が先まで見通せる。
大井の郷の出城である富田城には、煮炊きの煙がたなびき、確かに万を越える軍が寄せ集まっている。
これは姉婿様の信虎軍も正面からは敵うまいと思った。
とはいえ、姉様の怖さは弟の俺が一番身に染みている。口でも、コブシでも、悔しいかな和歌でも漢詩でも算術すら敵わないのだ。
よく姉婿様はあんなのを嫁にしたものだとほとほと感心する。
おっ富田城から騎馬の群れが出立した、今日はやけに多いな。
しめしめこれは餌にかかったやもしれぬ。
「狼煙を焚け。」
まもなく、小笠原の町と、次いで八田の金丸館、そしてはるか先の甘利の郷に煙がたなびく。
今川の兵からもその姿は見えるだろうに、何故気が付かないのか、何かあるのではと普通は思うよな?
姉様はそんな俺の疑問に、朝の飯時に煙がたなびくは、駿河では当たり前の事、自分たちも煙をあげる時になんで疑問に思いましょうとケラケラ笑うが、いやそんなことは無いと俺は思ったよほんと。
さて眺めていると、最初に煙のあがった小笠原より、騎馬と荷馬車が八田の牧に向かってゆっくり進み始める。
今日は荷車が多いような気がする。
これは作戦乙の一号かな?
労多く益少なしとは、うまく考えたもの、いやあ楽しみだ。
今日も、まさに高みの見物と洒落こもう。
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