第1章#7 西郡(にしごおり)遅延撤退戦 不毛の消耗戦

#7-1 甲斐国 原小笠原 飯富隊陣屋  大永元年九月二十二日 1521.9.22 side飯富虎昌隊


 原小笠原は、信濃の国主小笠原家の創出の地であり、もともと武田家と小笠原家は同じ新羅義光源氏を基とする兄弟のような間柄である。


鎌倉時代に小笠原一族は四国に移り、さらに信濃に大きな基盤を築く。


一方武田は、同じ鎌倉時代に安芸に移り、甲斐と安芸2国を主に支配するようになった。


今の信虎は甲斐に残った武田と安芸から戻った武田と様々な武田血族が入り混じる中、ようやく甲斐を統一した状況であり、信虎が力を示さなければ常に牙を隠した武田血族が宗家の座を狙うある意味弱い支配構造でしかなかった。


ようやく甲斐統一を宣言し、国府を甲府に定めたばかりというのに、万を超える今川の侵略に成すすべもなく、大島合戦は敗走。


甲府から西にわずか5里に過ぎない堅城富田城は1日で落城。


民は恐れて大井の郷から姿をくらまし、甲斐の地方領主は、信虎の元に集結することもなくじっと自己の領地で様子見をする有様である。


「というのが、現在の甲斐国の状況というわけだ。」


荻原常陸介がこの小笠原の地の由来と今の状況を飯富隊の若衆に向かって講釈している。


陣屋として体裁を整えた民家の主も今は戦火を逃れ甘利郷に逃れている。


「こりゃ御屋形様の評判ダメダメじゃね。」


「どう聞いてもうちら勝てそうもナイじゃん。」


みんな口々に勝手なことを・・・。

しかし皆信虎様をダメダメとは思っちゃいませんからご安心ください。

いや少しは思ってるかもしれないが椿様がいらっしゃれば大丈夫大丈夫。


「でお頭、うちらお次はどうするんでございやしょ。」


「おい、お頭は虎昌様ってお名前を頂戴したんだか・・・」


「おめえだって今お頭って・・・」


常陸介が愉快そうに俺に声をかける。

「虎昌様、次の指示を部下は待ちかねておりますよ。」


「わかってらい。いいかおめえら、常陸介の言う通り、大島で鬼美濃が砦を放棄し、富田の城も一日で落ちちまった。まったくいいところ無しだなあお前ら。」


何故負け戦をニコニコと聞く。

いいや違うな、俺たちは今回一度も敗けてねえ。

今川をこの西郡の部隊にご案内つかまつっただけだ。


椿姫様はまったくトンでもねえことを思いつく。


「さて、おめえらのお陰で、この西郡にしごおり田方たかたに米も藁もすっからかんになった。そしてここから北の先は甘利の里に付くまでは延々と牧が広がる原方はらかたしかねえ。山方やまかたの台地の上から大井の高雲斎様が今川兵の侵入を槍衾で守ってるから心配ねえし、東は富士川と笛吹川が天然の水堀として大軍は容易に進めねえ。すでに南の街道は鬼虎こと小畠虎盛様が路止めをしっかりこなしていなさる。いわば今川は袋のネズミってなわけだ。」


「とはいえおかし・・いや虎昌の旦那、うちらはわずか300騎、相手は万を超えてんですから、このまま甲府に向かっちまえばとても止められやしませんぜ。」


「だから俺らはなるたけこの原方に今川を留めておくんだって。」


「へえっ、でいったいどうやって??」


「まずはな、この街道沿いの民家にあと三日もすると今川の騎馬と荷馬車が必ずやってくる。」


「必ずってどうしてわかるんでさあ。」


「2日前に、大井の高雲斎様が荷車1台分の米俵を引いて大井軍に向かった。おっと裏切りじゃあねえからな、ちゃんとこの萩原備中守様のご指示の通りだ。」


常陸介のやろうニコニコ黙って頷いてやがる。


「どうして敵に大事な米をやっちまうんだぁ訳がわからん。」


「それはだな、米を配ると、米は盗られなくなるからだ。」


「何馬鹿な事いってるんですかお頭、そこに米があると分かったら兵を差し向けて奪っちまえば簡単じゃありませんか。駿河の今川はそんなにお上品なんですか」


「えーそれはだな、あーそれ、常陸介なんだっけ。」


「ええ、つまり、今川には今はまだ兵糧が十分残っている。多少は鬼虎様が奪ったらしいですが、それでもこれだけの行軍、何も用意せずに進軍するほど今川の大将も馬鹿じゃありません。だから米に余裕があるうちに、高雲斎様にさっさと手土産にするようお願いしたんです。」


「え、用意した米って高雲斎様の領地の米じゃないの。」


「もちろん大井の里の米ですが、うちの荷駄隊が引き上げた米を1車分残しておいたものです。高雲斎様の米蔵からいちいち運んだら大変じゃないですか。」


「とはいえ今川だって米があると分かったんなら取り立てるでしょ」


「高雲斎様は、信虎様が自分の領地の米をぜんぶ巻き上げて去っていたと話してもらうよう指示しました。ここで高雲斎様の米まで取り上げようとしたら、折角信虎様に寝返りそうな状況になっているのにわざわざ今川も敵を増やすことはないでしょう。」


「そうかあ、高雲斎様から見ると信虎様に米を奪われて憎さ百倍なのに、さらに貴重な米を今川に進呈するなんて。高雲斎様って何てすばらしい方なんだ。」


「と思うでしょう。だからよっぽどのことが無いと高雲斎様のお米は狙えません。」


納得した部下に俺も続ける。常陸介にばかり良いところさらわれちゃあかなわねえしな。


「そこでだ、オメエら、こんな町中に荷車と藁束が積まれた馬車が目に留まったらどうするよ。」


「そりゃあ、藁束でしょ米じゃないんだからほっとくでしょ」


「俺らが少数で守っていたら?」


「むぅ~、信虎様の配下が町中に残った大事なものを慌てて運び出しに来たってところ・・そうかそれで今川も町中に残った使えそうなもんをさらいにやってくるってことですね。」


「そうともさ、だからこちらは荷馬車を用意して、騎馬が来たらささっと原方の放牧地にむかって逃げ回るって寸法よ、てめえらにさんざん練習させたように、決めた目印通りに走ればこの荷馬車はキチンと逃げられるようにしてある。護衛の騎馬隊で今川の足を引っ張りながら邪魔するから任せとけよ。」


「つまりあっしらは、今川を釣るおとりってわけですかあ。」


「まあそういうことだな、そしてもう一つ大事なことがある。」


「へっ何ですかそれは」


「まあまあそれはやってみてのお楽しみということで、さあさあ、今川はいつ現れるか分かりませんから手持ちの場について用意してくださいね。」

常陸介の野郎、良いところで切り上げやがって。


まあ俺も本当にそうなるのか半信半疑なんだけどね。

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