第1章#5-3 富田城陥落

#5-3 甲斐国 大井郷 坪川河川敷今川軍本陣  大永元年九月十六日 1521.9.16 side福島左衛門尉助春


「福島様、武田八郎様より急使が。」


「何事じゃ。」


「はっ。下部の里より小畠虎盛の軍1000が穴山領に侵入!防戦しているが今川勢とと分断されてしまい、なんとか今川の荷駄の人足は大井の郷に向け逃がしたとの事。」


「荷駄は無事か、ええい小畠め忌々しい。武田八郎勢に小畠衆と潰しあえばそれはそれで好都合じゃ、八郎殿には小畠衆の牽制をよろしく伝えいっ。」


「いえ、その。」

伝令が口ごもる


「何じゃ。」


「荷駄の人足はこちらに向けて逃げてまいりましたが、肝心の荷駄が押さえとられ、奪われたようでございます。」


「なんと、で穴山からの後続の荷は・・・。」


「交戦中につきしばらくは困難かと。」


「ええい兵糧が無ければ進めんではないか、構わぬ。甲斐はこれから刈入れの季節じゃ。これから前に進み村の食料を奪えばどうということはあるまい、もたもたしてはおれん!目の前の富田の城を奪う!全軍突撃じゃ!」


度々の挑発にイライラが募る今川軍は目の前に広がる田圃を越えて前進を始めた。


波のように襲い掛かる今川の兵は1町も進まぬうちに・・・


「な、なんじゃこの深田は、稲刈りで水を切る時期にこんな深田になるはずは無かろう。おのれ武田め、小細工を弄しおって。」


今川軍はやはり深田に足を取られなかなか前に進まない。

さらに騎馬も足を取られ騎乗の武士も棒立ちとなる。


#5-4 甲斐国 大井郷 富田城内  大永元年九月十六日 1521.9.16 side飯富兵部少輔虎昌


「おうおう、やっとお客さんがやってきたか。いいか、兵を狙っても矢が足りぬ。棒立ちとなった馬のみ狙えよ~。」


富田城にこもる飯富軍は田に足をとられまごまごし始めた騎馬の群れだけをゆっくりと狙いを定め矢を射かける。


「ええい武田の山猿どもめ、遠くから馬ばかり狙うは卑怯なり、正々堂々勝負せいっ。」

何か憎まれ口が遠くから響くが聞こえない聞こえない。


富田城に押し寄せる軍勢を見てとって、高台の別動隊200騎も呼応して駆け下りてきた。


「馬だけを狙えよー、足軽はほっておけ、馬に射かけたらすぐに退散するぞー。」


駆け下りた200騎はそのままひと当てすると、さっさと北に進路を取る。


「さてとずらかるぞーっと。虎昌の旦那あとは任しましたぜー。」


いっぽう富田城にこもる100人だが、自分の乗馬は北の街道に準備したうえで、櫓を中心に南方の田圃から押し寄せる今川軍の迎撃に当たっている最中。


「いやあ、深田の中の騎馬などただの的でしかありませんなあ。」


「まこと面白いように当たるわ。」


「とはいえ矢も尽き始めた、そろそろ頃合いであろう。」


「お頭、じゃあトンずらこきますか。」


「お前せめて虎昌様くらい言えよ。」


「まあどうせ俺たちにそんな品はないわな。よし全軍ずらかるぞ、場内の井戸の水も田に抜いてしまえよ~。」


実に楽しそうに城を放棄する飯富隊である。

どうせ城内には食料や燃料の薪はおろか馬の餌の藁すら残っていないのだ。

まあ今川軍が横になる屋根ぐらいは残してあるのだから火を放たないだけ優しいと言えよう。


#5-4 甲斐国 大井郷 富田城内  大永元年九月十六日 午後 1521.9.16 side福島左衛門尉助春


矢の勢いがぱたりと止まり、そろそろと今川軍が不気味に静まり返った富田城にたどり着いた時、飯富軍はもぬけの殻であったのはもちろん、背後にひかえた集落にも人っ子一人いないのを確認した。


軍勢は敵が潜んでいないかをびくびくしながら見分を進めた挙句、その後暗くなる直前に全軍城内へ入場することとなった。


今川軍騎馬1435騎うち216頭が死亡もしくは行動不能、騎士軽傷125名重傷35名、死者2名

足軽隊6300名うち420名軽傷、重傷15名死亡者0

荷駄隊 馬700頭うち500頭鹵獲により行方不明

荷駄隊歩荷 1580名うち軽傷120名 46名行方不明

軍団としての被害は軽微であった。ほぼ無傷で富田城を陥落させたとも言える

まあぶっちゃけて記録上の戦記として見ると

この富田城攻城戦は、今川軍の圧勝であったといえよう。


ちなみに武田軍の死亡者は当然0であるが、富田城脱出時に騎手1名が城内に残った馬の餌を運ぶ際の縄の締め込みが甘く、バランスを崩して軽症の捻挫になり、飯富隊の全員から笑いものにされたという。


さらにちなみに、下部の里から穴山領に侵入した小畠虎盛隊の一行は

富士川右岸の北に向かう(つまり今川軍の通過した)街道を封鎖し、何故か穴山八郎殿と馬の轡をならべて身延山にお参りに向かったという。

そりゃもちろん、虎盛は敬虔なる日蓮宗の宗徒であったと伝わっているのであるからこれは仕方ないであろう。

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