第1章#5-2 富田城籠城
#5-2 甲斐国 大井郷 富田城 大永元年九月十六日 1521.9.16 side飯富兵部少輔虎昌
富田城は、周りを田圃に囲まれた平城である。
城というよりは周りの田畑から取れる米を集める集積蔵のようなたたずまいで、戦の守りというより庄家の作りという方がしっくりくるかもしれない。
とはいえ周りをしっかりとした柵で囲いそれなりの櫓も構えている。
その城には堀も無く、周りをさえぎる林もないのだから、はるか遠くより一気に攻められればたやすく蹂躙されるに違いない。
その富田城から一里ほど離れた坪川の河原沿いに万を越える軍勢が布陣していた。
身延を抜けまっすぐ北上してきた、福島左衛門尉助春を大将とした今川軍である。
「なかなか近づいては来ませんなあ。」
虎昌の随身、望月清兵衛が馬上から声をかける。
「富田の深田は天然の泥堀、下手に近づくと泥に足をとられどうにもならなくなるからのう。椿姫が今川勢と共に立てこもった時はまことに厄介じゃった。福島勢もそれを知っているからこそ迂回しようと伺っておるのだろう。」
虎昌は城内に立てこもる騎馬ばかり100騎ほどの軍勢と共にほくそ笑む。
実は先週より大井の里人が刈入れを済ませた田に水を引き入れ、さらに騎馬が走り回ることで、本当に富田城のまわりの田はどうしようもない泥田になりはて、さらにあさからその泥田にどんどん水を張っているところである。
一万を超える大軍であるからこそ、その進軍路は制限される。
しかも飯富軍の別動隊これも200の騎馬と700の荷駄隊が、大井の里の田という田を田起こししまくっていた。
田起こしとは大きな鍬をつけた農具を馬の後ろに付け、硬く引き締まった田圃を柔らかく掘り起こす作業である。
本来は春先田植えをする前に行う仕事だったりするが、騎馬隊と甲斐中から集められた農具を扱える農民兵が総出で田を駆け回り、次々と水を張ってまわった。
全ての田の仕上げを確認するとさっさと高台の砦に退却してしまっている。
つまり今川軍は細いあぜ道か、街道を進まざるを得ず、1万もの大軍が集まれるところなぞ、道中を横切る小川の河原岸にしかないという状況だったのだ。
この富田城の東は、富士川と笛吹川の合流点となり。
その早い流れと水流は、迂回することもままならず、さらに西に向かっては一段高い台地が広がり、そこに砦を築いた別動隊900が馬と弓を構えて今川の横腹を狙っていた。
1万の大軍にわずか100騎の手勢しか持たない籠城兵。
目と鼻の先にありながら、今川軍はその平城を攻めあぐねて半日を浪費している。
「少しあおってやるか」
虎昌は富田城の櫓から狼煙を炊いた。
1里西方の高台にこもる騎馬隊が大声を張りあげながら、200騎の馬が駆け降り、河原に集結する兵に襲い掛かる。
慌てて今川兵が弓で応戦するが、弓の届く距離に届く前に馬はさっさと高台へ戻っていく。
今川軍の被害はほとんどないが、飯富隊の被害も皆無である。
大軍がまごつく間に、高台から続く北へ向かう山道を荷駄隊が大井の郷に残る食料や藁を積み込んで立ち去って行った。
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