第1章#4 身延山戦勝祈願 みのぶまんじゅうこわい

#4-1 桜清水実教寺 大永元年九月八日 穴山領 身延山山門より2里南  1521.9.8 side福島助春


 今井軍大将 福島左衛門尉助春 ご休憩の陣

「武田八郎殿、これが日蓮聖人が桜の枝で打ち払った岩から湧き出た霊水であるか。」


「さようであります、この霊水は付近の住民の喉を潤すだけでなく、その時打ち払った桜の枝を地に刺したところ見事に芽吹きこのように見事な枝垂桜となっております。春の頃はそれは見事なものであります。」


穴山八郎信友は大将福島左衛門尉を日蓮聖人ゆかりのお寺に案内しながら、今川軍勢の進軍を眺めていた。


もともと穴山氏は、信虎の5代前の武田宗家信成の代に、長男が甲斐の国主として宗家を継ぎ、次男が領地の安芸国の国主となり、3男義竹が甲斐穴山の地に養子に入ったことが由来である。

その後も武田本家から頻繁に養子に入る武田宗家から非常に近い血筋の家であり、穴山家は穴山武田氏として武田の家名を名乗ることが許された家格の家である。

つまり今川家にとっては、甲斐の武田本家はこの穴山武田を本家の扱いにした方が都合がいいので、今川にとって味方の時には武田八郎と称するわけだ。


「あと2里で日蓮衆総本山身延山久遠寺に到着します。そこで戦勝祈願をお願いしております。とはいえ全軍がお山には入れませんので、騎馬衆の皆様と馬回りのみの参拝となろうかと思います。当方は私と馬回り含め20名ほどになりますが・・・。

兵庫介様の騎馬衆はいかほどになりますか、実は戦勝祈願後、初戦勝利のお祝いにみのぶまんじゅうをふるまいたいと思いまして、その数をあらかじめ菓子屋に伝えなくてはなりませんので。」


「それもそうじゃな、おい、馬回りはよい騎馬衆の数を八郎殿に伝えよ。」


「はっ、」


素早く供回りの武将が外へ出て行った。


「それにしても物凄い大軍でございますな、早朝よりこの桜清水を出立した先頭から兵から一糸乱れぬ行軍姿、さすが今川の兵は精鋭と知られるだけのことはございます。」


昨日の大島合戦で軽く武田軍を退けた大将福島は朝から機嫌がいい。

無理をして大軍を渡河させることなく身延山への路を採った大将の采配を穴山八郎信友はここぞとばかり褒め上げる。


「そうだな、この河内路もここ桜清水から身延山までは馬1頭がやっとのせまい峠道、こんなところを信虎に襲われてはかなわんところ、武田八郎殿がわれらの安全を図ってくれる。頼もしい限りよ。」


「先頭はいかがでしょうね」


「すでに山門をくぐったと連絡が入ったぞ、ほれわしらが最後尾じゃ。ゆるりと身延参りでも出かけようか。信虎のうつけもこれでしまいかと思うとまったく愉快なことじゃ。」


「身延衆一門も皆様を歓迎いたします。この道は山道故、わが領地にて用意しました兵糧は富士川を乗せてあとからゆっくりと運ばせていただきます。大量の兵糧故大変申し訳ありません。」


「よいよい、この大軍の荷駄、いかが進ませようか難儀しておったところ、そちに任せることができて今川殿の覚えも目出たいと思うぞ、よろしく頼む。」


「騎馬衆1115騎、本陣衆320騎となります。」


配下からまんじゅうを配る数量が届いたようだ。


「なんと!全軍でええと、いかほどかのう」

八郎信友は傍女に声を掛ける。


「1435騎になりまする。」


「よし、菓子屋に1435個のまんじゅうを手配し、全軍で身延まで2里であるとお伝えをお願いできるか。街道の裏道を抜ければ先に知らせられよう頼むぞ。」


「承知いたしました。」


「では福島殿参りましょうか。」

そうして今川軍はゆっくりと軍勢を進めた。

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