第15章
「くそ、もっと気を付けるべきだった」
ユウキはシズネの乗せた車を追うも、車の速度には敵わず、あっという間に見失ってしまった。
シズネを攫う手際の良さから、ユウキは一連の流れが仕組まれたのものであったことを悟った。そこで、一番始めに接触をしてきた女にシズネの居場所を聞き出そうかと考えたが、わざわざ先ほどの場所に残っているはずもない。そうなると、直接シズネの場所を探すしかなかった。シズネを無事に助け出すために、吸血族のことは知られてしまう覚悟で、警察を頼るという手段を考えた。しかし、シズネを助け出すには、今は一刻を争うため、そんな悠長なことをしている余裕などなかった。
なんとかシズネの居場所を見つけようと考えているうちに、ユウキはオキツやショッピングモールで襲ってきた男の言葉を思い出した。
「美味しそうな匂い……」
今まで会った吸血族は皆、シズネを見て美味しそうな血の匂いと言った。常にシズネといたユウキは、シズネの匂いというのはあまり意識したことはなかった。それでも、人混みの中で血の匂いに当てられて、血を飲みたくなったことはある。それならば、シズネの匂いで跡を追うことは可能ではないかという発想に至った。
そう簡単に既に立ち去ったヒトの血の匂いが残っている筈もないと半ば諦めながら、ユウキは血の匂いを意識した。すると、わずかではあるが、美味しそうと思える血の匂いをほのかに感じた。具体的な場所までは分からなかったが、通って行っただいたいの方向がわかる程度には血の匂いを感じ取ることができた。
ユウキはちょうど近くに置いてある鍵つきの自転車を拝借すると、血の匂いがする方向へと走り出した。
走りながらユウキの中では、シズネを追うことができることで見出した希望とは別に、新たに不安が沸き上がっていた。その場にいるならまだしも、既に立ち去っているシズネの匂いが、ユウキが追える程度に残っていることは普通ならばありえない。つまり、シズネは今出血をしている状況であるということだ。
ユウキは病院で目覚めなかったシズネの姿が頭をよぎった。
―またあんな思いはしたくない。何を失ってもシズネを助ける―
息が切れるのも構わず、走り続けると、ユウキは小汚い建物の前にたどり着いた。建物の前には、シズネを連れ去ったものと同じナンバーの車が止まっており、シズネの血の匂いはその建物に続いていた。
シズネがこの建物にいることを確信したユウキは、改めて建物の周りを見渡した。シズネの居場所はわかったものの、今のままではいくら何でも無策で無謀すぎた。役に立つ道具も、協力してくれる者もいない。かといって、準備をするだけの猶予もない。
無謀であることを理解しつつも、せめてもの武器としてユウキは近くに捨てられたビニール傘を手に取り、奇襲をかける覚悟を決めた。しかし、もし奇襲に失敗すればシズネを失うことになる。ユウキはスマホを取り出すと、一一〇番に電話をする。
「事件ですか、事故ですか」
「女性が攫われました。エヴォルサオンというビルにいます。今すぐ助けを」
ユウキは必要事項だけ述べると、相手の返答を待たずに電話を切った。これで後のことは心配しなくてよい。
ユウキは建物を一周しながら、正面玄関以外に入り口を探した。しかし、別の出入り口もなく、あるのはギリギリ手が届くか届かないかの位置にある小さな窓だけであった。さすがに、そこから侵入することは難しく、ユウキは仕方なく正面玄関に戻った。
ユウキは深呼吸をすると、静かにドアを開けて建物内に身を入り込ませた。予想はしていたが、案の定入り口には若い男がこちらを見て立っていた。
「あのー、どういった御用ですか?」
若い男は悪意のなさそうな笑顔でユウキに問いかけた。
「すいません、少し探し物です」
ユウキは敵意を隠すことなく、若い男に言い放った。
「実はこの建物、耐震強度に問題があるらしいんですよ。だから危険なので、入らないで下さいね」
若い男はユウキの行き先を塞ぐように、立ち塞がった。
「大丈夫です。用が済んだらすぐに帰りますから。お構いなく」
ユウキは傘を持つ手に力をこめると、若い男を押しのけて進もうとした。すると、横の若い男は明らかに様子を変え、俯きだから喋りだした。
「あぁもう。ここには人を入れちゃいけないんだよ。俺はここから部外者を入れないという役目があるんだ」
若い男はブツブツと呟きながら、バッグから包丁を取り出すと、ユウキへと突進した。ユウキはすんでのところで包丁を躱し、手に持つ傘を振り上げた。すると、視界の中で黒い何かが目の前を通った。何が落ちてきたのかと思った瞬間、頬に痛みが走った。
「痛っ」
思わず頬の何かを手で払い落とすと、痛みの正体が明らかとなった。突然上から降ってきて、ユウキの頬に痛みを与えたのは、ネズミであった。ネズミに気を取られている間に、若い男は血走った目でユウキに狙いを定めていた。
「どうしても入ってくる奴がいるなら、殺さないと」
向かってくる若い男を牽制しようと傘を持つ手に力を入れようとしたが、何匹ものネズミが足元から登ってきてユウキは体勢を崩した。しかし、それが幸いして、向かってきた若い男の包丁は、ユウキの胴体ではなく腕に深々と刺さった。痛みでもだえそうになったが、ユウキは傘を振り上げると、包丁を持って離れない若い男に思い切り振り下ろした。何本もの傘の骨が折れる音が玄関に響き、若い男は倒れた。
若い男が倒れている間に、体中のネズミを払い落としていると、若い男が再び立ち上がった。壊れた傘をぶつけた際に、運悪く剥き出しの金属部分が刺さったのか、若い男の顔には血が垂れていた。しかし、そんなことはお構いなしで、ユウキを鋭く睨みつけた。
「部外者を入れない。役目。絶対」
「やっぱり命令は残酷だな」
素手でも向かってこようとする若い男に対するために、ユウキは腕に刺さった包丁を抜いた。完全に冷静さを失った若い男は、ユウキの包丁に気を留めず、そのまま突っ込んできた。ユウキが若い男に包丁を向けると、生々しい音を立てて、ユウキの包丁は若い男の胸に勢いよく刺さった。
「え?」
若い男もユウキも状況を理解できず、沈黙が流れた後、若い男は立っていることができずに倒れこんだ。
「……急がないと」
息を荒げたユウキは振り返ると、倒れた若い男を背に 奥へと進み始めた。
シズネがいると思われる上の階へと階段を上る間、何匹ものネズミが足元から登ってきて噛みつこうとしてきた。最初は振り払っていたものの、あまりにも数が多く振り払うにはキリがなかった。そのため、ユウキは諦め、ネズミは軽く払うだけで、階段を上ることを優先した。
ユウキはシズネの待つ上階へ向かうも、刺された腕と、ネズミが全身の肉をえぐろうとする痛みで、一歩を踏み出す度にうめき声を上げそうになった。それでも、腕の傷を押さえ、息を荒げながらたどり着いた三階からはシズネの匂いが漂っていた。
ユウキはシズネの匂いが続くドアの前に立ち止まった。
「ここだ……」
ユウキは呟くと、全身の激痛で思考が回らない中で、再び身体を奮い立たせると、シズネがいると思われるドアに手をかけた。
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