第13章

 休日の最終日、あまり鳴ることのないシズネのスマホが着信を告げた。

「はい」

「コワシですけど、お休み中失礼。ユミさんから連絡とか来てる?  それか何か聞いてる?」

 繊細という言葉から縁遠いコワシが珍しく、焦った様子で質問を投げた。

「特に何も聞いてないですけど」

「そうか……。実はユミさん、飲み会のあった一昨日から家に帰っていないらしいんだ」

「え? どういうことですか」

 突然の事態にシズネは理解が追い付かなかった。

「一緒に暮らしているというお姉さんから、家に帰っていないと連絡があったんだ。もしかして飲み会の後、帰る方面が同じだった君なら何か知っていると思っていたんだけど」

 一瞬嫌な予感がよぎるも、そもそもシズネはユミのことを詳しくは知らない。そもそもお姉さんと一緒に暮らしていたということさえ知らなかった。ユミの人柄も詳しく知らないだけに、もしかしたら、たまたま連絡がとれないだけなのではないかという淡い期待を抱いた。

「いえ、何も知らないです。最初は帰る方向は同じでしたけど、すぐに電車が別で分かれてしまったので。でも、どこかに泊っているとかではないんですか?」

「ユミさんはしっかりしているからな。ありえないと思いつつも、お姉さんに外泊しているだけではないかと確認したよ。でも、今まで友達や彼氏の家に泊ることはあってもちゃんと連絡は入れていたらしいんだ。それに、いつも翌日の夕方までには帰ってくるらしい。だから、今日になっても帰ってこないのはありえないそうだ」

 淡い期待が崩れて、シズネは血の気が引いた。

「それに、ユミさんはかなりお酒が強いだろう? だからあの飲み会の後も、しっかり駅まで向かっていたから、お酒で何かがあったということではないと思うんだ」

 言われてみれば、あの日シズネはお酒が回っていて、必死に眠気に耐えていたのに対して、ユミはしっかりとした足取りで帰っていた。

「とにかく、俺は他の人にも聞いて回る。もし、何か思い出したり、連絡が来たら俺に教えてくれ」

「はい、わかりました」

 シズネは手を震わせながら電話を切ると、一気にコワシの言葉や自分の嫌な想像が頭を巡った。一息置いてから、電話をしていた台所から部屋に戻ると、顔面蒼白なシズネを見たユウキが驚いたような表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「同じ職場の人が行方不明だって」

 シズネはかすれた声で答えた。震えているシズネを落ち着かせようと、ユウキは背中をさすり落ち着かせようとした。しばらくして落ち着いてきたシズネは、コワシから聞いた話を詳しく説明した。

「オキツさんの言っていた行方不明、本当に起きていたんだね。しかもこんな身近なところで」

 ユウキもコワシの話を聞いている間、かなり動揺していたようだったが、冷静さを取り戻したようだった。

「その人には悪いけど、シズネが無事で本当に良かった」

「うん、ありがとう。あのとき迎えにいくと言ってくれて」

 ユミには悪いが、シズネとユウキの身に何もなくて本当に良かった。そんなことを考えてしまう程堕ちてしまった自分を、つくづく呆れてしまう。

「しかし、行方不明者が確実にでているというのに、犯人が捕まらないどころか、話題にもならないだなんて、普通ならありえない話だな」

「うん、普通なら」

 シズネもユウキもこの事件の一つの可能性を思い浮かべた。

 普通なら行方不明者が立て続けにでたとなれば話題になる。しかし、実際問題、全く話題になっていない。普通はそんなことはありえないが、それを起こしたのが吸血族ならばありえない話ではない。吸血族ならば攫った人を協力者にすることで、事件を有耶無耶にしてしまえる。それどころか都合のいいように説明させることができる。この不可解な状況を説明するには、吸血族による事件であると考えるしかなかった。

「もしかして、オキツさんもそれを懸念して連絡してくれたのかもしれないな」

 吸血族の存在を知っているシズネは、吸血族そのものに恐怖はないものの、ヒトを平気で襲う者たちには恐怖を感じずにはいられなかった。そのため、この事件の首謀者が、そんな吸血族であるかもしれないことが、シズネにとっては恐ろしかった。一方、シズネはこの吸血族に対して、恐怖だけでなく違和感を感じた。

「吸血族って自分たちの正体を隠して生きているという印象があったけど、もしこの犯人が吸血族なら隠す気がなさそうだよね」

「そうだね。犯人が吸血族なら、捕まったときに吸血族という存在が周知の事実になるかもしれないな。それにこんな事件を起こして、吸血族の存在が広がれば、吸血族はヒトを襲う存在と認知されるかも」

 シズネとユウキは一度血を飲んでいる様子を見られている。もし、次に正体がばれてしまえば、どんな目に遭うかわからない。シズネはもしものことを想像して寒気がした。

 いくら吸血族がヒトの血を飲むと言っても、ユウキやオキツのように危険な存在とは限らない。それでも、この事件で危険な存在と認知されれば、シズネがどんなに説得しようとも、吸血族は迫害に近い扱いを受けるかもしれない。もう二度とユウキにはあんな危ない目に遭ってほしくない。

「人が少ない、正体のばれにくいところに引っ越すとか?」

 シズネの言葉に、ユウキははっとした表情を浮かべた。

「それも一つの手かもしれないな……。シズネはいいの?」

「ユウキがいれば、私は大丈夫」

 シズネにとって、この土地に強い愛着がある訳でもないため、生きていく土地が変わることはあまり気にならなかった。ましてや、ここではユウキと生きていくことが難しくなるのであれば、もうこの土地で生きていく意味などなかった。

「でも、今の仕事は?」

「私は大した仕事ができる訳でもないから、どこに行ってもあまり変わらないよ」

「またそういうことを言う……」

 シズネの言葉にユウキは少し呆れたような表情を浮かべた。そして、シズネの不安げな表情を見て、ユウキは何気なくシズネの肩に手をまわした

「とにかく、今まではオキツさんがいたから安心できたところがあるけど、別の土地に移動するなら、シズネの仕事も含めてちゃんと考えないとね」

「うん。これからは準備で忙しくなりそうだね」

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