番外編 シズネとユウキ~幸せの後~

 ユウキは自分の目の前で、同じ布団に包まるシズネを見つめた。シズネは首から下を完全に布団の中に潜らせて、正面のユウキの胸元あたりをぼんやりと見つめていた。

 日も完全に暮れて、気温がガクンと落ちてきたが、未だに残る互いの体温で寒さは気にならなかった。

 沈黙に耐えかねた訳ではないが、ユウキは思わず気になったことを切り出してみた。

「シズネ、もしかして初めてだった? 体は大丈夫?」

 シズネはほんの少し目を見開いたまま、硬直してしまう。

「わ、ごめんごめん。失礼だったね。今のは忘れて」

 シズネはさらに頭まで布団を被ると、もごもごと呟いた。

「初めてじゃないよ」

 ユウキが思わず「え?」と声にだすと、シズネは目元までを布団から出しながら、付け加えた。

「本当。一年半くらい前に付き合っていた人がいてその人と。ごめんね、ユウキに初めてをあげられなくて」

「ごめん、本当に気にしないで。もちろんシズネの初めてだったらよかったけど、今日シズネと一緒になれて幸せだったことは変わらないから」

 ユウキの言葉に嘘はなかった。

「でも、すごい慣れていない感じで思わず……」

 ユウキはなかなか信じられなかった。受け入れられないというより、シズネの様子がそうは見えなかった。初めてでないという割に、シズネの反応はとても初心で、見せる表情全てがたまらなく恥ずかし気だった。

「だって、相手がユウキだったから……。前の人も下手という訳ではなかったんだけど、ユウキだと本当にすごく心地よくて。思わずみっともない姿までさらけ出しそうで……」

 ユウキはゴクリと唾を飲みこんだ。

 ユウキはシズネの言葉に自分の理性がもってくれたことに安心した。正直、シズネの恥ずかし気な様子に気持ちが昂ってしまい、シズネの全てを感じたいと言ったように、もっとシズネを感じたくなってしまっていた。それでもシズネの様子に、すんでのところ、無理をせずに終えることができていたのだ。

「もしかして、ああやって素をだすのは初めてだった?」

 シズネはコクっと頷いた。

「あぁ、よかった。少なくともシズネのあの姿を見せてくれたのは初めてってことだ」

「ユウキこそ初めてじゃないんじゃないの?」

 シズネは反撃とばかりに、質問を投げかけた。

「え、俺? 俺こそ初めてだよ……」

 男としてのプライドにユウキの言葉はどんどん小さくなっていった。

「俺だって、高校のときとかは彼女とかいたよ。だけど、その年じゃそういうこともできないし。それからは〝空腹〟でそれどころじゃなかったし」

 ユウキは次々と言い訳を並べた。

「でも、慣れてた」

 シズネは意地悪を終えるつもりはまだないらしい。

「俺だって男な訳で、昔はしっかり健全だったから……」

 さすがにそこから先の言葉を言うのははばかられて、ユウキは言い淀んだ。

「そっか。ユウキの初めての相手になれてよかった」

 ユウキは思わずシズネの細くなった身体を抱き寄せる。

「うん、相手がシズネでよかった」

「私は初めてはあげられなかったけど、それ以外でもユウキが欲しいものならいくらでもあげるから」

 シズネの体温に再び胸に込み上げるものをユウキは抑え込む。

「大丈夫。俺たちのペースでゆっくり行こう」

 抱きしめることで露わになったシズネの首元を指で優しくなぞった。シズネの首元にはまだ多くの傷跡が残っていた。その中には、まだ塞がったばかりの新しい傷跡もある。シズネはユウキが指を動かす度に、くすぐったそうに身を震わせた。

 この数日でユウキはシズネの多くの面を知れた。これから一生シズネと暮らすのに、この数日のことは絶対に忘れることはないだろう。今のシズネを大事にしたいという気持ちも永遠のものになっていくのだろう。

 そんなことを考えながらシズネのリズミカルな呼吸を聞きながら目を閉じる。

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