第5章
翌日、シズネが目を覚ますと、ユウキはまだ布団の中で寝息を立てていた。シズネは昨日の一件を思い起こし、ユウキの命令の強制力について何もわからないうちは外にでる訳にはいかないと考えた。
シズネは体をゆっくりと起き上がらせると、スマホを手に静かに部屋をでた。台所で仕事を休むとの電話を簡単に済ませ、部屋に戻ると、いつの間にか、ユウキは起き上がっていた。完全に目覚めた訳ではないようで、寝ぼけ眼でシズネの方に視線を移した。その顔には隈ができており、顔が火照っているようだった。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ん、大丈夫。それより体は?」
「もう大丈夫」
「そっか、よかった。それ、じゃあ、起きるか……」
安心したユウキは再び眠気に襲われながらも、何とか目を覚まそうとカーテンを開けた。朝日を浴びるユウキを横目に、シズネは朝ご飯の支度を始めた。
*
「さて、昨日のことだけど、俺の言葉がシズネにとって実行すべき命令になってしまっているということは間違いなかったよね?」
朝食を終えた二人は、昨晩に起きたことを整理し始めた。しかし、朝ご飯のときから、ユウキの雰囲気が重苦しく、とても気まずい。それでも、お互い気まずさを隠すように会話を続ける。
「うん。体に電気が走ったように、命令を実行しなければという感覚に襲われた」
「すると、俺たちは、安易に命令してしまわないようにするってことでいいかな」
ユウキは丁寧に言葉を繋いでいく。
「うん……」
シズネは、思わずユウキから目を背けながら答えた。
「そうしたら二人でいろいろ試していこ……。いきたいと思うのですがどうでしょう?」
「ふふ。話し方までは変えなくてもいいんじゃない?」
ユウキの重苦しい雰囲気に気まずい思いのシズネだったが、ユウキの言葉に思わず吹き出してしまった。その様子にユウキの表情も柔らかくなった。
「いや、命令にならない言い方って意識したら難しくて……。また突然命令してしまうのは避けたいから」
「そうだね」
正直なところ、シズネはユウキとは同じように考えることはできなかった。理屈で考えれば、ユウキのように安易に命令をしないようにすることが正しい。しかし、シズネは無意識に命令を求めてしまっていた。そのため、ユウキが本気でシズネの身を案じているだけに、そんな自分の感情に対して罪悪感を拭えなかった。
「無理させてるかな」
先ほどからシズネが頑なに目を合わせずにいたことをさすがに不審に思ったのか、ユウキも視線を落としながら呟いた。
「え? あ、いや……」
再びの重苦しい空気にシズネは思わず口ごもった。歯切れの悪い答えばかりでユウキを心配させてしまったため、どうにかうまい言い訳を考えようとしたものの、誤魔化しきれず、シズネは意を決した。
「実は、あの命令に従った後、全身が気持ちよくなるの」
正直このことは伝えたくなかった。まるで自分の性癖を語るようで、ひどく恥ずかしかった。それでもシズネは、ひどく頬が熱くなっているのを感じながらも、なんとか言葉を吐き出した。吐き出した後はユウキの顔を見ることができなかった。正面に座るユウキも言葉を失っており、シズネはただユウキの反応を待つしかなかった。
「……だめだよ」
しばらくの沈黙の後、ユウキはぼそっと呟いた。シズネは視線を上げると、ユウキは眉をしかめてこちらを見つめていた。
「それは溺れちゃいけないものだ」
頼りなさげな雰囲気とは裏腹に、ユウキの言葉ははっきりとしたものだった。
「そうだよね、ごめん」
ユウキがこんなに真剣にシズネの身を案じてくれたというのに、命令による快楽を求めようとしていた自分が情けなかった。つくづくそんな情けない自分に嫌気がさした。
「むしろ俺の方こそごめん。実は昨日の夜、そんなこととは知らずに、シズネが寝ている間に意識がない状態でも命令は効くのかを試してしまったんだ。幸い命令は効果がなかったけど、安易な行動だったね」
「ううん。私が意識のない間なら大丈夫ということが分かっただけでも、今後の生活には収穫だから」
「そっか、ありがとう」
シズネの言葉に特別深い意味はなかった。しかし、ユウキはシズネの言葉にかなりほっとしたようだった。
「それにしても、いろいろ試していけばいいと思っていたけど、それが止めた方がいいとなると、困ったな。とりあえず、今の調子の話し方を続けていけば問題ないかな」
「……。やっぱりいろいろ試した方がいいと思う」
ユウキのおかげで少し冷静さを取り戻したシズネは、改めて今の状況を考えた。
「そんなことはだめだと言ったはずだよ」
「別に、その……快感を、味わいたい、とかではなくて、今後は生活するうえでお互い意図しないところで命令が効いてしまうのは一番まずいと思う」
冷静さを取り戻したものの、口にするのは多少の気恥ずかしさを感じて一部口ごもってしまった。それでも、シズネは自分の考えだけははっきりと言った。
「それでシズネがその快感に溺れるようなことがあれば、それも十分……」
「私も溺れないようあらかじめ心構えを持つよ。それに危なかったら、間を空ければいい」
シズネの真剣な言葉にユウキは揺らぎ始めた。ついに、ユウキは観念したようにため息を吐いた。
「う、うーん……。よし分かった。試していこう。ただし、シズネの様子が少しでもおかしいと感じたら、シズネがなんと言おうとすぐに止めるよ。それに、シズネも今回みたいに隠さないで、正直に教えてね」
苦渋の末の決断を下したユウキの顔には、自分の決断に対する覚悟が現れていた。
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