第1章
(眩しい……。なんで寝ていたのか思い出せない)
女は光の明るさで目を覚ました。
なかなか焦点が合わなかったが、目の前にぼんやりと映るものが見慣れた景色とは異なることはわかった。だんだんと意識がはっきりしてきた女は、ようやくここが自室ではない知らない部屋だということを理解した。
重い体を起こして見慣れぬ部屋を見渡すと、壁際に男が蹲っていることに真っ先に気が付いた。
男を見て女は全てを思い出した。襲われたこと、血を飲まれたこと、だんだんと意識が遠のいていったことを。
ここで、女の中で新たに疑問が浮かんだ。
(どういう状況? なぜ私は見慣れぬ部屋にいるのだろう)
今の状況から察するに、女は蹲っている男に襲われた後、その男の元で寝かせられていたということになる。襲った相手を放置せずにわざわざ布団で寝かしていたということが、女には腑に落ちなかった。もし口封じのためなど物騒な理由ならば、わざわざ布団に寝かせたりせず拘束をしておくはずだ。しかし、今のシズネの状態は介抱されて寝かされていたようだった。
いくら考えようとも、答えは出ないと踏んだ女は、男に声をかけることにした。
「え、と……。ここは……?」
男は顔を上げた。男の血色は悪く、絶望の色が浮かんでいた。
「……。俺の部屋……」
男はまだ何か言いたげだったが、それ以上の言葉は出てこなかった。男の不可解な様子に女も次の言葉が見つからず、しばらくの沈黙が流れた。
「……。ごめん」
「?」
「お粥よそってきます……」
男の言葉に女は視線を向けるが、男は目を逸らすと、逃げるように部屋から出て行った。
女は改めて男のいなくなった部屋を見渡した。部屋には電気は点いておらず、女が眩しいと感じたのは外からの光によるものだった。日暮れも近いのか、部屋の中はひんやりとしていて、布団に残る温もりが心地よく感じられた。
男の部屋に対する女の第一印象は、殺風景の一言に尽きた。部屋には最低限度のものしか置かれておらず、大きなものだと小テーブル、布団くらいのものしか際立って置いていなかった。女が横になっていた布団も、上質なものではなく、それどころかボロボロになっていた。そんな殺風景な部屋の中で小テーブルに置かれたノートPCが異様な存在感を示していた。
部屋の観察を終え、置かれている状況に向き合おうとしたところで、白い湯気の立つお粥と水を手に男が戻ってきた。
「よかったら食べてください。食べられますか?」
男は女が食べやすいよう皿を小テーブルに置いて用意をした。その間の男の表情は絶望の表情ではないものの、必死に何か耐えようとしているようだった。
「あ、ありがとうございます。多分大丈夫です」
女は男の差し出したスプーンを受け取ろうとした。しかし、うまく指先に力を入れることができず、スプーンは指の間をすり抜けて落ちた。
「あ。ごめんなさい」
女は慌てて拾おうとするが、それよりも先に男が拾って立ち上がった。男は女の声には反応することなく、小声で「ごめんなさい」と呟くと、スプーンを洗いに再び部屋を去った。その際の男には、苦悶の表情が浮かんでいた。
男は戻ってくると、うまく力の入らない女に代わって、お粥をスプーンでよそい、女の口元へと向けた。
*
女がお粥を食べきると、男は追加の水を用意し、女に飲ませた。
二人とも一息つくと、再び長い沈黙が訪れた。男は何かを言いたげな雰囲気を見せるものの、なかなか口を開こうとはしなかった。一方、女もどうすればいいのか分からず、何もできずにいた。しかし、次から次へと沸き起こる疑問に耐えられず、口を開こうとした。
「……。あの」
「本当に申し訳ないです!」
女と同じタイミングで男は言葉を発した。女は男の勢いに思わず口をつぐんだ。
「あのとき、あなたを襲ったのは俺です。俺はバケモノなんです」
男は覚悟を決めた表情で女を見つめていた。男の拳は小刻みに震えていた。
「じゃあ、あなたが襲って助けてくれたということですか?」
「はい。どうしても血を飲みたいという欲に耐えられなくなって……」
男は悔しそうに視線を背けた。
「でも、なんで逃げないんですか⁈ 抵抗しないんですか⁈ 俺みたいなバケモノに襲われているなら、もっと抵抗して逃げるべきですよ。それなのに、抵抗を止めるだなんて、必死に生きようとしている俺がバカみたいじゃないか……」
男は一気にまくしたてると、溜め込んでいた感情を爆発させ、そのまま嗚咽した。
女は混乱した。襲った男がこうして自分を助け介抱してくれたこと、自分の人生を諦めたことに対する言葉、目の前の男の様子に。
女は男の問いに何と答えればいいのかわからなかった。
「わ、からないです。でも、私はそこまでして生きようという思いを、あのとき持ってなくて。それで、あなたが苦しそうだったから、まあいいかなって……。ごめんなさい」
自分の気持ちを確かめるように、女は途切れ途切れに答えた。女の答えに男は苦しげに呟いた。
「……なんだよ、それ」
「だから、別に、私の血を飲んでも、構わないです」
男ははっと息を飲んだ。男は予想だにしない返答に、返す言葉を失っていた。
しばらく動きを止めた後、男はゴクリと喉を鳴らした。そして、男は息を荒げながら、ゆっくりと女に近づいた。そのまま、男は女を布団に押し倒すと、女の首元に喰らいつき、そのまま一心不乱に血を啜った。
「ッ‼」
(私の血でいいんだから、余程辛かったんだな)
女は、首元で血を啜る愛しき吸血鬼の首に手を当てた。そしてだんだんと女の意識は薄れていった。
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