長い冬が明けたとき

@Egg_Zukk

序章

 夜の路地裏を女は歩く。女の足取りはひどく重い。

 遠くの喧騒も、路地裏の薄暗さも女の意識に全く入っていなかった。

(はぁ、もうだめだ。あぁもう、うるさい)

 女は頭の中を巡る多くの声をなぎはらいながら、足だけを前に前にと動かした。

 路地裏の終わりも見え、重い足に再び力を込めたそのとき、物陰から影が現れ、女を壁に押し倒した。

(何⁈ 不審者? それとも変質者? どうにか逃げないと)

 女は抵抗を試みるが、肩を掴む相手の力は強く、逃げることはできない。

(声を上げれば……?)

 助けを呼ぼうと息を吸い込んだ瞬間、肩を掴む力とは別の痛みが首元に走った。熱を含んだ痛みの正体を確かめようと、女は視線を下に向けた。

(血を、飲んでいる……? それってまさか吸血鬼……)

 驚きのあまり女は声を上げることができなかった。しかし、自分の置かれている状況に、反射的に身をよじろうとして女は気が付いた。

 首元を啜る吸血鬼の息は荒く、手も震え、ときに涙をすする音がしていた。

(そうか、この人もどうしようもなくて襲っているのか。それじゃあ、べ、つに、い、か……)

 女は抵抗を完全に止め、流れに身を委ねた。

 そして、そのまま女の意識は闇へと落ちていった。

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