第3話
「どうした!? なにがあった!?」
窓ガラスが割れる音が聞こえたのか、ザイラードさんの声が扉から響いた。
きっと異変を察知して、すぐに助けに来てくれたのだろう。
「あ、ザイラードさん、どうぞ」
いそいでソファから立ち上がり、ザイラードさんに返事をする。
すると、私の声と同時にザイラードさんが扉を開けた。
ザイラードさんは室内へ素早く視線を走らせると、すぐに異変がわかったらしい。
「トール、そのまま」
「っはい」
私を庇うように前へ出ると、コウモリへ向かって飛び寄った。
身体能力が高すぎる。扉、私、コウモリへの三点跳躍。形的には私を頂点とした二等辺三角形かな?
コウモリもさすがにそんな動きをされると思わなかったのだろう。ザイラードさんの動きに対応できなかったようだ。
ザイラードさんはコウモリを右手でキュッと握って捕まえた。
うん。これは人間業ではないな。キュッじゃないんだよな、キュッじゃ。
「な……まさかこのワタクシを一瞬で手中に収めるなど……そんなことが可能だなんて……」
捕まえられたコウモリも驚きの表情だ。
というか、だ。
「普通に話してますね、そのコウモリ」
「ああ、そうだな」
ザイラードさんと顔を見合わせる。
明らかに一般的なコウモリではない。
いや、私の感覚としては、しゃべるコウモリに不思議はもはやないんだけれど。一般的でないものに囲まれ過ぎている。
が、やはりこれは普通の動物ではないのだろう。
「コウモリ呼びとはなんと無礼な……。そもそも、あなたがここに来なければこんなことにはならなかった」
コウモリが私を見てキッと睨む。その目はきれいな紫色だ。
「彼女への暴言はやめてもらおう」
「にぇっ」
どうやら、ザイラードさんがコウモリを握る手にすこし力を入れたらしい。
コウモリがむぎゅとなって、喉からよくない声が出たな。
「こうして言葉が通じるのならば話は早い。彼女に用があってこんなことをしたのか?」
「ワ、ワタクシはまずは手紙を読んでもらおうと思っただけです。手紙はそこに。何度も窓を叩いたのに、無視し続けたのはあなた方です」
コウモリは理路整然とそういうと、視線を割れて落ちた窓ガラスの破片へ向ける。
そこに一枚の封筒が落ちていた。
「この手紙を届けたかったが反応がなかったので窓ガラスを割って入ってきたということか」
「そうです。とにかくこれ以上の蛮行を許してはならない。そういう気持ちです」
ザイラードさんがコウモリを掴んだまま、割れたガラスへと近づき、床から封筒を拾う。
器用に片手で封を開けると、一枚の便せんを取り出したようだ。そして、ザイラードさんはそれに視線を落として……。
「……言いたいのは、これだけか?」
「そうです! ワタクシが言いたいのは一つ。あなたに対してです!」
コウモリがまたキッと視線を私へ向ける。
懐かしい視線である。これは出会ったばかりの女子高生姿のコウコちゃんにもされたよね。そう。これは敵意の視線と言うやつですね。
……なにやったんだ、私。
「あの、ザイラードさん、私も読んでいいですか?」
「読む必要はないかもしれない。だが、トールが読みたいのであれば」
手紙を読んだザイラードさん的にはべつに読まなくてもいい内容だったのだろう。
だが、私はいつだって自分自身の行いに怪しさを感じている。
ゆえによくわからないし、まったく心当たりはないが、このコウモリに酷いことをしてしまったのかもしれないのだ。それを改善できるかどうかは別として、一応は知っておきたい。
ので、ザイラードさんに頷く。
ザイラードさんは手紙とコウモリを手にそばまで来ると、私に手紙を差し出した。
それを受け取り、内容へと目を走らす。
白い紙に繊細な細い文字で書かれていたのは……。
――拝啓 聖女殿
――これ以上、魔物をペット化しないでください。
――かしこ
……うん。
「あなたは! 魔物がなんたるものか、なにもわかっていない!」
「うん……」
「魔物は! 簡単にペットにしていいものではありません!」
それはそう。
百人いたら百と一人が「そうだね」って言う。ワンオーワン。
「レジェンドドラゴンは魔物の中でも力が強く、さらに気ままな気性もあり、幾度も人間を恐怖へ陥れました。私はその白く輝く巨体と人間を見下す赤い目が大好きだったのに……!」
なるほどわかった。
「レジェド、レジェドのファンみたいだよ」
「ファン? ナンダソレ?」
右肩でぱたぱたと飛ぶレジェドにコウモリを示す。
レジェドは首を傾げたあと、私の頬にすりすりと頬ずりをした。
「ヨクワカラナイ。オレ、トールトズットイッショ!」
「くぅっ……それがこんな小さく愛らしい姿になるなんて……!」
コウモリは悔しそうに目を瞑る。
そして、無理やり視界から外すように目線を動かすと、次は足元でちょこんと座っているシルフェを見た。
「シルバーフェンリルは巨大な姿もさることながら、その圧縮の力もすばらしかった。大地を割るほどの力は人間に崇拝され、遠くの地では神として扱われているというのに……!」
なるほどわかった。
「シルフェ、シルフェのファンでもあるみたい」
「ンー? ワカンナイ! トール、ダッコシテ!」
「くううっ……こんな、こんな姿……こんなの……っ」
コウモリはもはや言葉にもできないようで、シルフェから無理やりに視線を外すと、キッと私を睨む。紫の目はメラメラと燃えていた。
「伝説級の魔物を何頭も小さくし、愛玩化し手元に置く。こんなこと許していいわけがない!」
「ワイモオルデ」
「許していいわけがない!」
「全然コッチ見イヘンヤン」
クドウが自分の話もしてもらおうと思ったのか、ピョコピョコと歩くながらコウモリの注意を引くが、まったくそちらを見ない。もはやクドウに関しては、そこにクドウがいることさえも認めたくないのだろうか……。
「ワタクシはここしばらく観察をしていました。あなたがどんな人物なのか。魔物をそばにおきなにを行うのか。あなたの真意は、と」
「そうだったの?」
知らないうちに見張られていたようだ。
まあこんなに小さなコウモリに見られていたとしてもわからないしなぁ。
コウモリは紫色の目を怒らせ、私を見据えた。
「あなたは――。あなたは、ただ呑気に暮らしたいだけですね!?」
「……うん」
その通りです。コウモリの観察眼、プロ。
「こんな……こんな屈辱的なことが起こるなんて……! ワタクシたち、魔物は自由に生き、巨大な力で世界に君臨し、気高く過ごしていたのです。いつの日か、ワタクシたちをまとめる主が現れるときを信じ!」
「主?」
「そうです。魔物の主」
コウモリはカッと口を開いて言い放った。
「つまり――魔王です!」
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