2部

第1話

 こんにちは。みなさんお元気ですか。

 疲れた会社員の私こと葉野はのとおる。帰り道に異世界に転移してから早数か月が経ちました。

 疲れすぎていたせいで、癒されたいという思いが強すぎたためか、なんと、魔物に手をかざすとペット化できるという能力が目覚めてしまったよね。しかも、そのペット化した魔物たちのかわいさたるや無限大。ここが楽園。

 騎士団でハッピーライフを送るぞ! と決めたわけだが、聖女だ魔女だ、世界征服だなんだかんだとありました。とくに第一王子と女子高生には散々振り回されたわけです。

 最終的には、私の怪物的能力もあり、いい具合に解決。

 頼れる上司No1のザイラードさんにも助けられ、そのまま異世界でハッピーライフを継続しているのが今なんですよね。

 つまり、私は元気です。が――


「なんでこうなった?」


 ソファに座り、私は首を傾げていた。


「なんで……キス?」


 ついさきほど。ほんの今しがた。私はザイラードさんにキスをされたと思われる。あまりにも自然で、しかも間近に見たザイラードさんのすこし悪い笑顔が素敵すぎて記憶が薄くなっているが、たぶんした。キスを、ザイラードさんと。


「……私、意識失ってなかったよね?」


 衝撃により記憶が薄くなってはいるが、意識はあったはず。からだ、元気。

 『噛め!』って干し肉的なジャーキーのようなものを差し出された記憶はない。それをもごもご食べようとした結果、うまく食べることができず、「うっ」となって意識を手放した覚えもない。

 つまり、ザイラードさんのキスは生命維持のためのキスではないし、神様が私を生かしたからザイラードさんが私を生かすことに決めた末の使命とか、自然的ななにかということもない。

 そう。そうだ。ということは。


「恋愛的なキス、か……」


 出てきた結論に私はローテーブルに肘を立て、そっと手を組んだ。その手で口許を隠し、じっと考え込む。

 つまりザイラードさんは私を好きなのだ。うん。それはちゃんと伝えてもらった。うれしかったし、私のよくわからない「疲れてもいい」という発言を「恋愛してもいい」と捉えることができるザイラードさんはまことよく出来だ人間である。

 ので、あの……私たちは、たぶん、その……。


「恋人」


 カレカノ。そう私とザイラードさんが。


「……そうか」


 世界の意味が分からない。

 ザイラードさん、どこでどう血迷ってこんなことに……?

 私がザイラードさんのことを好きになるのは仕方ない。そこにザイラードさんがいれば好きになる。世界の摂理だ。


「トール、ドウシタ?」


 考え込む私の肩にパタパタと風がかかる。

 口許から手を外しそちらを見れば、すべすべの白い鱗ときゅるきゅるの青い目を持つ小さなドラゴン。そうレジェドだ。

 レジェドはもっと巨大でレジェンドドラゴンという悪の象徴の魔物として君臨していたのだが、私の手によってこんなにかわいい姿になってしまった。

 森へ帰るように勧めたのだが、私と契約し、こうしてともに過ごしている。

 不思議そうに首を傾げる姿がかわいい。


「ううん。なんでもないよ。世界の理について考えてたんだ」


 そして、理は崩れていたよね。

 虚無の目をする私に、レジェドはスリスリと頬をすり寄せて……。


「世界ナラワカルゾ! オレ、トール、ズットイッショ!」

「うん、うん……。うん、そうだね、……かわいいね」


 だね。これが世界だね。レジェドがかわいい。これが世界。

 思考を放棄した私はレジェドの首元をカキカキと引っかく。レジェドは気持ちよさそうに目を細めた。


「ボクモ! ボクモ世界ワカル!」


 そうして世界の理を理解していると、足元からかわいい声が掛けられた。

 これはシルフェだ。白い毛皮がふわふわで赤い目がうるうるのポメラニアンである。元はシルバーフェンリルという巨大な狼の魔物だった。

 森へ帰ることを勧めたが、レジェドと同じように私と契約し、ともに暮らしている。


「ボク、トール、ズットイッショ!」

「うん、うん……。かわいいね、そうだね。世界だね……かわいいね……」


 抱き上げてよしよしと頭を撫でれば、手に残るふわふわ触感。これが世界だ。


「ナンヤナンヤ、悩ミナンカ? ワイニ話シテミ?」


 流暢な関西弁でこちらへ向かってよっこらよっこら歩いてくるのはペンギンのクドウ。元はアイスフェニックスというそれはもう美麗な鳥だったが、今はお腹にマイクロビーズが詰まっているペンギンとなった。名前はせやかてというからクドウ。クドウだ。


「私は世界なんて知らない。……なにか悩んでるなら聞くけど?」


 そう言ってソファに座る私の隣へとピョンと飛び乗ったのは黒い狐。こちらは冒頭で聖女だなんだかんだと揉めた女子高生である。

 一緒に地球からやってきたんだけど、実態は女子高生に化けたお稲荷様だったんだよね……。消えそうになってたのは異世界の神に拾われてやってきたらしい。

 大きな社を立てて、人の崇拝を集めつつ、お賽銭をもらいたかったようだが、なぜか今は私と一緒にいる。黒くて最高にもふもふしている。名前はコウコちゃん。


「みんな……かわいいね、かわいいね……」


 癒しの楽園がここにある。すべすべ、ふわふわ、むぎゅっ、もふもふもふ……。世界……。


「ふん! なんだあれは、ザイラードとお前は婚約者なのか?」


 かわいい魔物と狐と戯れていると、頭上から声がかかる。

 棚の上に登ったままこちらを見下げている猫だ。オレンジ色の毛皮がかわいいトラ猫。きゅっとあがった口角と三角の耳。どんなにひどいことを言っていても、私にはかわいさしか感じない仕様となっている。ので、今も大変かわいい。


「また来たんだね……」


 かわいいが、これは猫ではなく、元王子。この国の第一王子である。なんの能力もないが行動力だけはあるという素質。なんと人間なのに魔物化してしまったという行動力の化身である。

 魔物化してフレアグリフォンという巨大な魔物になり国や世界を制圧しようとしたのだが、私の手によってかわいい猫へと変化した。そして、今はザイラードさんに再教育されている。で、それがしんどくて、私の部屋へと逃げてくるのが日常となっていた。


「朝の勉強は終えた! ザイラードと一緒にいると心が落ち着かない。お前はよくあんなやつとあんなことができるな。怖くないのか?」

「ザイラードさんが怖かったことは一度もないですね」


 ずっと優しさと頼り甲斐上司No1だったけどな。みんな惚れる。怖いのは対王子限定じゃないかなぁ。

 猫王子(と私は呼んでいる)は私の言葉にふん! と鼻を鳴らすと、棚の上で丸くなる。どうやらそこで落ち着くことにしたらしい。


「まあお前らの関係などどうでもいいが。あのような行動をするなど、はしたないな」

「……高貴」


 人間の王子が言うと「うるさい」としか思わないが、猫の姿で言われると普通に高貴。猫が高貴だとかわいい。ので、また私はかわいさしか感じなかったな……。


「お前は感性がおかしい」

「かわいい」


 うっとりと見上げると、レジェドが自分の姿を思い出させるように、スリスリと頬ずりをした。


「オレモ!」

「ボクモ!」


 それに呼応するように抱きしめているシルフェもうごうごと動く。

 うん。二人もかわいさ二億点だよ!


「ワイモオルデ」

「……私を、撫でてもいいのよ!」


 ようやく私のもとへと到着したクドウがぺんぺんと私の膝を叩く。ソファの横にいたコウコちゃんはぐりぐりと頭を押し付け、私の肘と体の隙間へと顔を突っ込んだ。


「みんな、かわいいね……」


 異世界って最高です。

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