閑話
番外編 名探偵クドウの事件簿
クドウ――元はアイスフェニックス。今は透の力によりペンギンの姿をしている――は、のそりとベッドから起き上がった。
今日もいい具合に朝食を摂り、いい具合に透と散歩をし、いい具合に昼食を摂った。そして、おなかいっぱい大満足で昼寝へと突入したのだ。
が、なにやら騒がしい。
ソファを見れば、そこにはいつも通りに昼寝しているレジェンドドラゴンとシルバーフェンリル。そして、膝の上には黒狐がいた。
どうやらあのお騒がせの黒狐が透になにかを言い始めたようだ。
「ナンヤナンヤ、マタ、厄介ゴト言イ出シタンカ?」
「うるさい!」
「まあまあ、落ち着いて。クドウもそう言わずに」
クドウの言葉に、黒狐はシャッと声を上げた。
クドウはそんな威嚇音も気にせず、ベッドから降りると、透たちのもとへ向かった。このままでは、透がまた面倒事に巻き込まれるかもしれない。
いつも透をさりげなく守っている人間の男――ザイラードもいないし、自分がなんとかするしかないな、とクドウは思ったのだ。
透はそんな黒狐の背を優しく叩いて、落ち着かせている。
黒狐は透の膝の上でお座りのような体制になると、じっと透を見つめた。
クドウは歩くのが遅いため、いまだソファにたどり着かないが、どうやら二人は、名前についての話をしているらしい。
これまで、黒狐は『聖女』と呼ばれていたが、今は透が『聖女』と呼ばれているため、自分の名前が欲しいのだ、と。
そして、透に名付けるようにと頼んでいる。
魔物であるクドウには気持ちはわかった。
名前というのは自分たちを縛る力になる。それならば透につけてもらうのが一番いい。
二人は何度かやりとりをし、すこし揉めていたように見えた。
焦った透が決めた名前は――
「……コウコちゃん?」
――そう呼んだ途端、空気が清められていった。
そして、黒狐が誇らしげに胸を張る。
「私は土地神様の遣い。そして、今はこの異世界の神様の御使い。……名前は『コウコ』」
その途端、黒狐と透の体が光った。
透はその現象に首を傾げていたが、結局いつも通りに理解を諦めたようだ。
黒狐――コウコを床へと降ろし、はしゃぐ姿を見守っている。
ようやくソファへと到着したクドウは透の膝へのそっと体重をかけた。
「マタ、ケッタイナ名前ニシタンヤロ?」
「いやいやいや……そんな、人聞きが悪い……」
「ホーン。マアエエケドナ」
怪しい。非常に怪しい。
名前のことを言った途端、透がスッと目を逸らした。
とりあえず、クドウは透へ抱っこするよう、翼で膝を叩いてアピールをする。そして、じっとその目を見つめた。
はしゃぐコウコの姿を見る、透の目はやはりおかしい。なにかを隠している。笑顔なのだが、どこか濁っている。
「ナンヤ、ソノ笑顔。ヤッパリ、ケッタイナ名前ニシタンヤロ?」
「……本人が喜んでたらいいんだよ」
……怪しさしかない。
クドウはその透の笑顔の謎を解明しようと、もう一度声をかけた。
「デ、『コウコ』ッテドウイウ意味ナン?」
「…………」
透は肩をギクッと動かしたが、クドウの質問には答えない。
そして、誤魔化すようにお茶を飲む。
クドウにも透の怪しさはわかる。謎は解けなかった。
――『コウコ』とは『香香』と書く。お漬物を指す言葉だとは。
クドウは自分の名前の由来もわからない。『レジェド』や『シルフェ』とはなにか違うな? とは思っているが、異世界の魔物なため、日本のことはわからないのだ。
だから、クドウには『コウコ』の日本での意味がわからない。そして、コウコ自身もまたわかってはいない。
ここでわかるのは透のみ。そして、透は笑顔を浮かべるだけ。
いくらクドウと言えども、真実はいつもワンとは言えども、ここにはたどり着けないのだ。
「よかったぁ……異世界で」
透はそう言うと、クドウのお腹にずむむっと顔を埋めさせた。
そして、顔を上げて、コウコを呼ぶ。
「これからよろしくね、コウコちゃん」
ふふっと笑うと、コウコの頭をそっと撫でた。
その笑顔はいつも通りだ。
またなにか厄介なことが起こるかと思っていたが、どうやら透はコウコと契りを結び、新たな力を得ただけで終わったようだ。
……その力も格の高いものだが、まあ今更だろう。
透がクドウの頭もよしよしと撫でたので、「マア、エエカ」と零したあと、グエグエッと笑った。
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