第38話
「アイツラト名前ノ雰囲気チャウナ?」
「いや、そんなことないよ。一般的な名前だよ」
名付けられた水色のペンギン――クドウが首を傾げる。ので、誤魔化すように頭をよしよしと撫でた。
「マア、エエケド。コレデ、ワイモ、トールノ居場所ワカルシ。力モ渡セルデ?」
「そうか……」
そうなんだよね。契約をすると力をもらえる。ブレス、圧縮に次ぐ、新たな能力。今回はなんだろう?
「『セヤッ!』ッテ言ウト」
「言うと?」
「手カラ」
「手から?」
「氷ガ出ル」
「氷が……ね……」
――日本にいるお父さん、お母さん、元気ですか。元気でしょうね。
私は異世界の王宮で国王に謁見するという驚きの機会をもらっています。そこで水色のペンギンと契約をして――
「自動製氷機になりました……」
手から氷が出せる人間はそれはもはや自動製氷機なんよ。冷蔵庫についてたら便利な機能なんよ。飲食店には欠かせないあれなんよ。ドリンクバーのところにいるあいつなんよ……。
「うまくいったようだな」
私が遠い目をしていると、ザイラードさんが声を掛ける。
その声に促され、貴族たちのほうを見ると、私を見る目が騎士団の人たちと同じようになっている。「ほぅ……」と漏れる息から察するに、ちゃんと聖女感があったようだ。
みんなの前で契約をして、私に力があるとアピールする作戦はうまくいったのだろう。やっぱりきらきら光るのって見てると、なんかすごい! ってなるんだろうな。
……自動製氷機だが。私は今、自動製氷機になっただけだが。
「すこしだけ力を使ってみるか?」
「えっと……手から氷が出るだけみたいですが、大丈夫ですか?」
「十分だ」
口からブレスを吐いたり、圧縮して物を粉々にするよりは、氷を出すほうがいいだろう。
というわけで、抱き上げていたクドウを床へ降ろし、声を掛けた。
「クドウ」
「任セテヤ!」
クドウの声と同時に、体がきらきらと光る。
それにまた「おお……」と感嘆が聞こえた。
そして――
「……せや」
ちょっとだけ。ちょっとだけね。
左てのひらを上へと向け、そこへ氷が湧き出るような想像をする。
すると、想像通りにてのひらにザラザラザラーッと氷があふれた。そして、てのひらに乗りきらなかった氷が光をはじきながら、床へと落ち――
「「「おおおおお……!!」」」
感嘆が一気に大きくなる。
氷はただの四角ではなく、宝石のように複雑なカットで刻まれたものだったのだ。
まるで、てのひらから大量の宝石を生成したように見えたのだろう。
「これは、氷、です。氷ですので」
みなさんにアナウンス。大切なことなので二回アナウンス。
違いますよ、みなさん。これは氷。氷ですよ。私はあの人気アニメ映画の黒い布を被った仮面と同じように、手から金を出す感じになってしまっていますが、違いますよ。このままでは私が受け取らない人を見つけたときに暴走してしまう展開が待ってしまうんでね。違いますからね。最初に言いますからね、私は。熱狂は怖い。
あと、冷たい。手が。
というわけで、ちょっとそこの給仕のひと……なにか入れ物をこちらへ……あ、それ、そのアイスペール。それ……それを早めに……。
右手でこっちこっちと招き、それそれと指差し。持ってきてくれたものに氷を入れた。
すると、ザイラードさんが、そのうちの一つをヒョイと手で掴み、口に入れ――
「いやいやいや、飲食できるかはわかりませんよ!?」
焦る。ひぇって声が出た。
ガリリッてかみ砕いているけれども。ザイラードさん、ザイラードさん! 私が出した氷って怖くないのか……?
「うまいな」
「……そうですか」
ザイラードさんって度胸がすごい……。尊敬してしまう……。
その行動により、みんなも「宝石ではなく氷」だとすぐさま認識を改めることができたようだ。
金銭を前にしたぎらぎらとした欲のある目は消え、「氷でもすばらしいわ」という雰囲気になってくれた。よかった。
「……これで、疑うべくもないな」
一連のやりとりを見守っていた国王が低い声で呟いた。
そして、全員に聞こえるように朗々と語る。
「これまでたくさんの言説が出て、みなを混乱させたこともあったであろう。だが、異世界から来た女性は、自ら説明した上で、力を証明し、その混乱を収めた」
国王はそこまで言うと、一拍、呼吸を置いた。
しんと静まる大広間に、異論を唱える者はいない。
それを確認した国王は、ゆっくりと告げた。
「――救国の聖女様だ」
瞬間、ドッと歓声があふれた。
そして、その中で、国王と妃は私に向かって、頭を下げて――
「これまでの非礼を詫びる」
――その言葉に続き、貴族たちが一斉に礼をとった。
これは国王にではない。
……私にだ。
そのプレッシャーに私は一瞬、たじろぎそうになって……。でもぐっとこらえた。
私はこんな風にされるような人間ではない。だが、今はそれを受け取らなければならないのだ。
「今後については貴殿の望みを最大限に尊重していきたい」
「……もったいないお言葉です。ありがとうございます」
国王と妃は私の言葉を聞き、頭を上げた。
その瞳は柔らかで……。
隣のザイラードさんを見れば、ザイラードさんも優しく瞳を細めてくれている。
うまくいった……のだと思う。ちゃんとやり切ったのだ、と。
私が魔女として、追放されたり、殺されたりする必要はない。そして、狐も罪を問われない。
第一王子は……王位継承権は失ってしまったけれど、でもザイラードさん曰く、そもそもあってなかったようなもの。
むしろこれで、第二王子が継ぐのが明確になったのだから、国としては安定するかもしれない。
綱を渡り切って、やらなければならないことはやりきって。
ようやく肩の荷が下りたことと、充足感で自然と笑みが漏れる。
けれど――
「……こんなのは、こんなのは……あぐぅ」
――第一王子だ。
「……もう、やめておけ」
ザイラードさんが眉を顰め、そっと近づく。
そう。これ以上あがいても、もう……。第一王子のためにならない。私のちょっと待ったぁ! によって、回避された『王族の身分剥奪』が現実になってしまうだけ。
だから、ザイラードさんの言葉は、むしろ優しさだろう。が、第一王子はザイラードさんの手をバシッと叩き落した。
その行動に、私は小さく息を吐いた。
……私のやったことは意味がなかったのかもしれない。結局、第一王子は自分のやりたいこと、信じたいものを信じるしかない。
第一王子から見れば、私はずっと悪のままなのだろう。
「間違ってる……まちがって……あ、ああ……」
「え……」
待て待て待て待て!?
いやいやいや!?
「か、体が……っ!?」
俯き、頭を抱えた第一王子の服がバリバリバリッと破れた。
背中のところから一直線にね! で、なんかどんどん筋骨隆々になっていってる……!!
「あ、ぐぅ……あぐぅう……うううっ……あがああああああああああああああ!!」
その咆哮ともいえる声に、大広間には怒声と悲鳴が飛び交った。
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