第39話

 こんなことってあるんだね。

 人間が違うものに変化するやつ。謎の町で謎のごはん食べ過ぎて豚になっちゃった両親的な……あんな感じのやつ。第二形態なやつ……。

 第一王子の変貌が信じられず、呆然と見つめる。

 ほかの人はというと、第一王子の変化に危機を察知したようで、逃げていく人が大半だ。人々が大広間の出口へと向かっていく。

 警備をしていた騎士や飲み物を運んでいた人たちが誘導しているようだ。


「陛下、あちらへ! あなたも一緒に――っ」


 呆然としていた私を引き寄せてくれたのはザイラードさん。

 国王や王妃と一緒に、私に逃げるようにと伝えてくれる。

 けれど――


「ドコ……へ、行く――待テッ!!」


 ――第一王子が右手をこちらへ伸ばした。

 その手は、極端に長く太くなっており、指先には禍々しいかぎ爪が生えている。

 これに掴まれたら、さすがに怪我をする。私が国王や王妃を庇うように動くと、そんな私を庇うようにザイラードさんも動く。

 すると、足元にいた狐が毛を逆立てて、第一王子に向かって吠えた。


「カッ!!」


 空気が破裂するような音がした途端、第一王子の体は不自然に止まる。

 これは……?


「これは、俺が動けなくなったときの……。そうか、動きを止めることができるのか」

「そうよ! いいから、みんな逃げて!」


 第一王子から目を逸らさずに、狐が叫ぶ。

 そういえば、女子高生姿の狐がアイスフェニックスへと近づいたときにザイラードさんは体が動かなくなったようだった。どうやら、それは狐の力だったようだ。で、今はそれを第一王子に使っている、と。


「グゥゥゥゥゥ……ッ」


 第一王子は意思に反して、無理やり動きを抑えられているのだろう。

 低い唸り声は忌々しそうだ。

 けれど、その間にも変化は進み、体はさらに大きくなり、これまでは人間のものだった左手も長く太くなっていく。先に変化が始まっていた右手の皮膚からは毛が生えてきているようだ。

 ここに狐を置いていくわけにはいかない。

 ザイラードさんの影から出て、狐に手を伸ばした。


「こっちに……っ」

「いいの!!」


 でも、そんな私の行動を遮るように、狐は叫んだ。

 

「動いたら力を破られるっ。いいから!」


 その声の必死さから、第一王子が動かないよう、今も力を使っているのがわかる。

 小さな狐の四肢はぐっと床を押し、逆立った毛や鋭い視線からも緊張感が見て取れた。

 狐が力を使っているのは、自分のためじゃない。小さな体ならば、一人で逃げ出したほうが早いのだから。

 今、その身を呈してくれているのは、きっと私やみんなのためだろう。


「……一緒だって、言ったよ」


 何回も言うけども。

 王宮に来る前に、一人じゃないよって伝えた。

 だから――


「ザイラードさん!」


 ――私の隣にいる、すごくすごく頼れる人。

 私ではすぐには良案は思いつかないけれど、ザイラードさんなら!

 期待を込めて見上げれば、「わかった」とすぐに頷いてくれた。そして、ある一点を指差す。


「あそこだ!」


 指差した先にあったのは……掃き出し窓? 観音開きの大きな窓はテラスにでも繋がっているのだろう。

 国王や王妃は大広間の奥の扉へと避難し、人々は反対側の出口を使っている。

 ザイラードさんの指差した先に人影はない。


「まずは外へ出そう! ここで暴れられ建物が崩壊し、全員が生き埋めになるのが一番良くない」

「はいっ!」


 なるほど、と頷く。

 体がどんどん大きくなっている第一王子。それを外へ移動させるなど普通はできない。

 でも、私なら――!


「そのまま動きを止めていて!」


 狐に声を掛け、私は掃き出し窓へと体の向きを変えた。

 ちょうどここから一直線! いける!


「レジェド!」

「オウ!」


 私の声に、すぐにレジェドが応えてくれる。

 体がきらきらと光れば、力の授受はOK!


「『とぅ!』」


 いつもより力を込めております!

 すると、私の口から出たブレスはまっすぐに掃き出し窓へと向かった。

 ガシャガシャーンッ! とガラスの割れる音と周囲の壁の壊れる音。

 あの窓どれぐらいの値段かな……って一瞬、怖いことが頭を過ぎったが、今はそれよりも大事なことがある。


「シルフェ!」

「ウン!」


 シルフェに声を掛けながら、ドレス姿で第一王子の元へと走る。

 すると、私と破壊した掃き出し窓(今はぽっかりと空いた壁)が一直線に並び、その線上に第一王子が重なる。

 あとはここから、第一王子を吹き飛ばすだけ!

 

「『えいっ!』」


 唸れ右手!

 圧縮された空気は、どんどん体が大きくなっていく第一王子の下腹部あたりで破裂した。

 女子高生姿の狐を吹き飛ばしたときよりも、気持ち強めに!


「グアぁッ――アアアッ!!」


 体を動かすことができなかった第一王子は私の空気圧縮をまともに受け、背中から壁の穴へと突っ込んでいく。

 大きめに空けたつもりだったけれど、思ったよりも急速に大きくなる体は穴には収まらず、すこしだけ周囲の壁を破壊した。


「一回、力抜いて大丈夫だよ!」


 狐に声を掛け、私も急いで壁の穴へと向かう。

 大広間からはほとんどの人が退避できたようだが、何人かが私の姿を見て、驚いているようだった。

 私の隣へはザイラードさんが並び、ドレスで走りにくい私をサポートしてくれる。


「オレ、タタカウ!」

「ボクモ、タタカウ!」

「ワイモ、戦ウデ!」

「私も!」


 そんな私の周りに魔物たちと、狐が続く。


「ガァッ……アアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 壁の穴から抜けようとしたとき、一段と大きい咆哮が聞こえた。

 あまりの大きさに、ビリビリと王宮全体が揺れているようだ。

 怖気づきそうになる心を押し込め、壁の穴から外へ出る。

 そこは王宮の中庭だったようで――


「……これは……」


 さすがは王宮の中庭。しっかりと整備され、散策しやすいように石のタイルが敷かれていた。

 規模は大きく、王宮が三つぐらいは入りそうだ。非常に大きな庭園。

 道の周囲の庭木は手入れされ、きれいに選定されている。

 咲き誇る色とりどりのバラが夜の明かりを受けて、輝いていた。


「ウグゥゥゥ……」


 そのバラの木をグシャリと踏みつぶすのは獅子のような大きくて太いうしろ脚。

 石のタイルにめり込むかぎ爪は鳥のようで、その前脚には羽毛が生えていた。

 そして、背中から生える翼を広げれば、夜空が翳った。

 上半身は鷲。下半身は獅子。緋色の体毛は黄金色も混じっている。

 体は巨大で王宮と同じぐらい。もし、大広間から出していなければ、大変なことになっていただろう。


「これは……さっき、旗に描かれていた……」


 そう。この姿は夜会に入るときに見た。

 王家のものだとザイラードさんが教えてくれた、あの……。


「フレアグリフォンだ……」


 ザイラードさんが呆然と呟く。

 もう、第一王子の面影はない。

 王宮の中庭には、巨大な魔物が鎮座していた。

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