第37話

 大きな声ではない。だが低く広がるような声は大広間の隅々にまで届いていく。

 その途端、ざわついていた人々は口を閉じ、もう一度、礼をとった。

 国王はそれを確認すると、第一王子を見つめる。


「エルグリーグ、話はそれだけか? ならば黙っていろ」

「……っ、しかし、父上」


 引かない第一王子。

 だが、瞬間、国王の目が厳しいものになり――


「――黙れ」


 ――空気がビリビリと揺れた。

 圧力。声の圧力っ。これが国を統べる者なんだな、という迫力がある。

 その圧は狐にも届いたようで、ポンッという音と白い煙が立ち、黒い狐の姿へと戻った。

 しっぽが下がり、おなかに入り込むように丸まっているから怖かったのだろう。

 私は緊迫した空気を壊さないように、そっと動き、狐を抱き上げた。


「大丈夫?」

「べつにっ、これぐらい、なんともないんだからね」


 小さな声で話しかければ、狐もぼそぼそっと返してくる。体は震えているが、言葉は強気だ。

 よしよしと頭を撫でれば、体の震えが収まっていく。

 私はそれを確認し、小さくため息を吐いた。

 さあ、ここからだ。

 落ち着いたのを確認し、国王へと視線を戻す。国王はそれを待っていたようで、頷くと、第一王子を見た。


「エルグリーグ。お前は自分がなにを言っているか、わかっているのか?」

「……はい、父上。私は……騙されたのだ、と……」

「第一王子として適格だと言えるか?」

「……それは……しかし……」


 淡々とした国王の問いに、第一王子の語尾はどんどん小さくなっていく。

 国王は厳しい視線のまま、ゆっくりと告げた。


「エルグリーグ。――お前の王位継承権を剝奪する」


 大広間に響く低い声。

 その言葉に貴族たちは息を呑み、第一王子ははっと息を吐いた。


「なっ……そんなっ……そんな、なぜ、なぜですか……!?」

「……『なぜか』と聞くような、周りを見る能力のなさだ。自分がなにを行い、それがどのような影響を与えるか。聞いている者がどう感じるか。それを想像し、動く能力が足りていないのだ」

「……っ」


 国王は冷静にそう告げた。その目に浮かぶ色はない。

 第一王子もそれを感じたのだろう。くぅと喉を鳴らすと、焦ったように声を上げた。


「父上っ! 父上は息子である私になぜそのような酷いことが言えるのですかっ!?」


 それは、家族の情に縋るような言葉。

 だからこそだろう。国王はそんな息子をじっと見つめている。そして――


「……王位継承権の剥奪のみではなく、王族としての身分も――」


 ――『剥奪する』と。

 そう続けるつもりだったのだろう。

 家族の情に縋るのならば、それさえも失くそう、と。

 だが、国王がそれを言い終わる前に、私は言葉を発していた。


「――お待ちください」


 ちょっと待ったぁ! である。先ほど第一王子が使っていたが、ここで私も使わせてもらう。いつやるの? 今でしょ! である。


「発言をさえぎる無礼をお許しください。しかし、まだ説明が足りていないと感じています」

「……説明か?」

「はい。……第一王子だけに責任を被せるには、私も……この狐も、国王陛下への説明を怠っていました。ですので、ここで説明しても構いませんか?」


 国王が私を見る。

 第一王子を見る目は冷静そのものだったが、私を見る目にはこちらを窺うような色があった。

 「いいのか?」と。

 それに頷いて返すと、国王はゆっくりと言葉を紡いだ。


「……あなたの話は我が国にとって、大切なものだ。ぜひ聞きたい」

「はい」


 そうして、私はこれまでの流れを話していった。

 異世界から来たこと、ここの神と思われるものと夢で対話をしたこと。そして、女子高生は人間ではなく、神の使いであること。


「聖女というのは、力のある女性であると聞きました。ですので、この狐は聖女というのとは違うのではないかと思います」

「……そうだったのか」


 私の話に国王が頷く。

 いつもなら話に割って入りそうな第一王子だが、ただ俯き、体を小さく震わせていた。

 国王から『王族としての身分』という単語が出てから、こんな感じなので、さすがに堪えたのだろう。

 話も早く進むし、もうなにもしないほうが彼自身のためにもなるので、ぜひそのままでいてほしいところだ。


「狐は第一王子と出会い、『私が聖女だ』と主張していました。それは狐が神の使いとして、信仰を集めたかったからです。第一王子が狐を聖女と扱い、王宮へと連れてきたことは、すべて間違いだったとは思いません」

「聖女ではないが、第一王子の行動は間違いではなかった、と?」

「聖女……とは違いましたが、狐が私の世界で神の使いをしていたことは本当であり、こちらの神によってここへ来たのは事実です。それを大切に扱ったことは、神も見ているだろう、と」

「そうか……」

「そして、この狐が『聖女である』と騙ったことも事実です。ただ、狐に悪意や害意はなかったということを、わかっていただければと思います」


 つまり、私はこう言いたいのだ。

 お互い様だよね、と。

 第一王子は聖女だ悪女だーといろいろ言っており、こちらを貶すような内容がある。そして、狐も自らが聖女であると嘘をついた。

 お互いに過失があるが、異世界転移したばかりの狐を王宮へ連れていったのは間違いではなかった。なぜならば、狐は聖女ではないが、神の使いだからだ。

 ……神様は見ていますよというふわっとした論拠ではあるが。

 王位継承権の剥奪は、仕方ないかなと思う。第一王子が国王になってもこの国にとっていいとは思えないし、こうして貴族たちの前で派手に喧伝してしまった以上、なんのお咎めもなしというのは無理だろう。

 だが、王族としての身分剥奪までは必要ないんじゃないかとも思うんだよね。もし、そうなるとしても、私たちのことでそれが決定されるのは違うんじゃないかなと思うのだ。

 第一王子にも非がある。狐にも非がある。そして――


「私は……、ザイラードさんと出会って、聖女だと言われました。力のある女性を聖女と呼ぶのだ、と。王宮へ行く道も示されましたが、私のわがままで騎士団へと逗留していました。混乱があるとは聞いていましたが、巻き込まれたくないという思いが強かったのです。きちんと説明をしていればよかったのではないかと感じています」


 ――私にも非がある。

 疲れていて、やる気がなかった……。いろいろと拗れる前にできることがあったかもしれないが、自分には関係ないかな、と暮らしてしまった。スローライフ希望だったのでね……。

 第一王子のことはまったく好きじゃないし、かばいたいわけでもない。だが、処分が重すぎると、私が気に病む。気に病む必要がないのはわかっているけれど、気に病む。

 国王も王妃も私人としての立場より公人として動いているとわかるが、やはり親は親なんだろうというのも感じている。

 私は今日ここで、親が子に断絶を言い渡す現場を見たくて来たわけではないのだ。


「聖女や魔女というのは正直、よくわかりません。私はこうして、魔物とともに暮らせるような力があるのが現状です」

「彼女の力については俺から説明させてください」


 力について伝えようとすると、ザイラードさんがそっと私の腰に手を添えた。

 その瞬間、肩から力が抜ける。どうやら私は思ったよりも緊張していたらしい。

 ここまで「ちょった待ったぁ!」のノリでここまで話していたが、大広間にいる国王、王妃、貴族たちと全員に伝えようとするのは大変なことだ。しかも、第一王子と狐と自分と。だれかに責任が重くかからないように、一人だけを悪くしないように話をするのは、細い綱の上を歩いているような心地だったんだよなぁ……。

 ザイラードさんが隣にいてくれる。

 それがとても安心で――


「報告していた通りですが、この小さなものたちは、すべて伝説級の魔物。――これがレジェンドドラゴンです」


 ザイラードさんが私の右肩を示す。そこには白い小さなドラゴン。青い目がきゅるんとしていてかわいいね。

 国王、王妃、貴族たち。全員がそこを見て、ぽかんとしている。

 ……ごめんね、ごめんね。伝説の魔物をこんな風にしちゃって……。


「これはシルバーフェンリル」


 続いて、ザイラードさんが示したのは私の足元で、こてんと片足を投げ出して座っている白いポメラニアン。ちろりとのぞく舌がかわいいね。

 そして、もちろん、みんなぽかん続行だ。


「これはアイスフェニックス」


 最後にザイラードさんが示したのは、私のうしろでぼんやりと立っている水色のペンギン。今日も金色の瞳に光はない。虚無の円。

 みんなのぽかんを感じるとともに、さっきまであった緊張感は0になった気がする。

 第一王子の王位継承権とか身分がどうとか、狐が神の使いだとか、私ががんばって綱渡りをしながら説明をしたわけだが、もうみんなそんなの覚えてないかもしれないな。そうだね。なんの話だっけ? ってなるよね。


「……伝説級の魔物たちが、彼女の手にかかるとこうなってしまうというのか」

「これが彼女の力です。これにより我が国は魔物から救われました」

「魔物は……まさに災害だ。魔物に人間の道理は通じない。倒すか倒されるか。あるいは魔物の気が変わるのをただ耐えるか。それしか道がない」

「はい。それを、彼女は変えたのです」

「「「おお……」」」


 あ、今、ぽかんから畏敬へと変わった。

 大広間の貴族たちから、いい感じの声が漏れた。


「彼女は魔物を従えることができるだけではありません。魔物と契約し、その力を使うことができるのです。……今日はその力の一端を見せることができるよう、準備をしていただきました」


 ザイラードさんが私へと視線を移し、力強く頷く。

 よし、わかった。ここであれである。打ち合わせしていたやつですね!


「降ろすね」

「ええ」


 抱いていた狐を床へ降ろす。代わりに、水色のペンギンをむんずと両手で抱き上げた。


「じゃあ、契約しよう」

「ヤットヤナ!」


 水色のペンギンの額に、私の額を合わせる。

 あとは名前を呼び合うだけ。


「トール」


 水色のペンギンはちゃんと私の名前を憶えていたようだ。

 さあ、ここで、私もペンギンの名前を呼ぶ。

 レジェド、シルフェとドーナツ屋方式で命名してきたわけだが、今回はちょっと変えるつもりだ。

 水色のアデリーペンギンに付けた名前は――


「――クドウ」


 ――せやかて、である。

 関西弁だから……。せやかてってなると、それはもうクドウってことなんよな……。

 きらきらと光る私の体。

 大広間にいた人たちが、私の姿にほぅと感嘆の息をついたのがわかった。

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