第36話

 大広間の奥、一段高くなったところに人影が現れる。

 一人は男性で立派な王冠を被り、もう一人は女性で豪奢なティアラを付けていた。

 きっと国王と王妃だろう。

 大広間にいた人たちが一斉に頭を下げ、礼を取っている。

 たぶん、私もなにかやるべきなのだろうが、どうすればいいかわからない。……知らないよね……国で一番えらい人と会うときの礼儀なんて……。日本でも困るだろうに、ましてここは異世界。異世界の礼儀がわかるはずもなく……。困った。

 とりあえず、周りを見ながら姿勢を変えようとすると、ザイラードさんがそっと呟いた。


「あなたはそのままで大丈夫だ」

「そうなんです……?」

「ああ。このあと、挨拶をすることになるが、陛下のほうが礼をとるだろう」

「ええ……?」


 すごいことを言われた。こわい。

 ザイラードさん自身は、胸に手を置き、斜め下を見て目礼をしている状態だ。

 その隣にいる私が本当になにもしなくていいのだろうか……。気になる。私が気になる。ので、私もさりげなく斜め下を見て、目礼しているような感じにした。


「今日はよく来てくれた。日頃の疲れを癒してくれ」


 国王と王妃は壇上から、挨拶と労いの言葉をかける。

 そして、その目がこちらを見たことがわかった。


「今日は珍しいものと、わが国にとって重要な方が来てくれた。――ザイラード」


 ザイラードさんの名前が呼ばれる。

 きっと、国王の言う『重要な方』とは私のことだろう。

 国王の言葉を受け、ザイラードさんは胸に当てていた手を下ろした。そして、私に目配せ。「行くぞ」と。たぶんそういうことだ。

 ザイラードさんとともに国王の前へと進む。

 すると、国王は王妃の手を取り、壇上を降りた。

 あ……これ、本当に、あちらが私に礼をとるやつだ……。

 わざわざ壇上から降りるというのはそういうことだろう。緊張でごくりと喉を鳴らす。

 お互いに進み、ちょうど壇上の前で出会うことになった。


「よく来てくれた。私の名前はヘリッグ・ラルアング=ベンザーだ」

わたくしはダリスティア・ラルアングですわ」


 まずは国王と王妃が名乗る。異世界的にはどういう意味があるのか全然わからない。背中に冷や汗を流しながら、それに会釈で答える。

 すると国王はザイラードさんへと視線を移した。


「ザイラード、人前に出たがらないおまえが、よく来てくれた。紹介をしてくれ」

「はい。第七騎士団に逗留していただいている、異世界から来られた『救国の聖女様』です」


 ザイラードさんはそう言うと、私に目配せをくれる。

 よし、ここで自己紹介ということだな。


「お初にお目にかかります。名前は葉野はの とおると申します。紹介していただいたように異世界から参りました。騎士団と、こちらのザイラードさんにはとてもお世話になっています。礼儀などわからないまま来ていますので、失礼があれば申し訳ありません」

「失礼などとんでもない」

「ええ、とても丁寧な挨拶をいただきました」


 私の挨拶を受けて、国王と王妃がやわらかい笑顔を浮かべてくれる。

 ありがたい……。こんなよくわからない私に対して、本当にありがたい。後光が差しているよね……。


「ザイラードからの報告で、これまでの功績は知っている。もっと早くにお呼びして、礼を尽くさねばならなかった。時間が経ってしまったことを詫びたい」

「いえ、その……。……私も、この世界に来たばかりのときは疲労が溜まっていました。それをザイラードさんをはじめ、騎士団の方々や近隣の村の方々に支えていただいたのです。私のほうこそ、こうして……その、覚悟するまで時間がかかって申し訳ないです」


 ……疲れてたからね。二人の聖女がどうのこうのとか、王位継承争いとか、王宮のなんやかやとか、関わる気力がなかった。

 私がやる気になるまでゆっくりと休ませてくれて、いろいろとしてくれたザイラードさんには本当に頭が上がらない。

 すると、国王は周りに聞こえないような小さな声で私に囁いた。


「……今日の話だが、ザイラードが急に言い出したんじゃないか? 昔からそういうところがあるんだ」

「そうなんですね」


 なんの話かと思ったが、どうやら国王はこっそりとザイラードさんのことを話したかったらしい。

 これまでの威厳のある様子から一転、親しみやすさを感じる。

 国王はザイラードさんのことをよく知っているようだ。

 ザイラードさんは王弟と言っていたから、国王は兄。今の第一王子と第二王子のように王位継承を争っていたはずだが、関係性は悪くなかったのかもしれない。


「王位継承もな……。一人で王位継承権の放棄を決めていて、私が気づいたときには、すでに第七騎士団に旅立つところだった……」

「……そうなんですね」


 ザイラードさんは王位継承権を早々に放棄したと言っていた。どうやらスピードでケリをつけたという感じのようだな……。

 たしかに。今回の私も「殴り込みに行くぞ!」ってなってからすごいスピードだしな……。


「いつも手抜かりなく準備をして、いざとなったらすぐに動く。よく言えば機会を逃さない。悪く言えば――」


 国王が言葉を続けようとする。が、それにザイラードさんが声を被せた。


「陛下、それは言わなくていいのではないですか?」

「……ふむ、なるほどな」


 国王はザイラードさんを見て、物珍しそうな顔をした。


「いや、そうか。ついにおまえもな。いや、それはよかった」

「その目をやめてください」

「いやいやいや、いいと思うぞ、私は」

「そうですね。これはちょっとおもしろ――いえ、素晴らしいことです」


 国王と王妃がにんまりと笑う。

 ザイラードさんはそれを避けるように、「ほら」と二人を促した。


「先へ進めろ。早く終わらせる」

「……まあ、そうだな。そろそろ限界が近そうだ」


 国王はそう言うと、また最初のときのように威厳のある表情に戻った。

 そして、低く響く声で言葉を紡ぐ。


「村からも騎士団の聖女についての評判が届いている。『騎士団に滞在されている聖女様は村の人々にも分け隔てなく優しく、健気である』と。もっと待遇が改善されないのかという、王家への批判も一緒にな」


 もしや、私のことを言ったのはマリーゴさんだろうか……。私を健気というのはマリーゴさんぐらいしか思い当たらない……。お菓子作りを教わったときに誤解を解くのを諦めたしな……。


「私はこれを重く捉えている。我が国を救った聖女に対し、王家が礼を欠いているなどあってはならない。よって、国を代表し、国王である私がこの場で感謝を述べたい」


 国王の言葉とともに、ザイラードさんが私の手を離す。

 代わりに国王が私の手を取った。

 すると、突然声が響いて――


「っおやめください、父上っ!!」


 大きな声を上げたのは――第一王子。


「……どうした、エルグリーグ」


 国王は一瞬、つらそうな顔をして……。けれど、すぐに表情を戻した。

 国王の言った『エルグリーグ』というのが王子の名前のようだ。

 まさに、国王が私に対して礼を言おうとした瞬間だった。このタイミングで声を上げることができるのはすごい。ちょっと待ったぁ! の達人だ。免許皆伝だ。

 王妃様をちらりと見れば、とても悲しそうな表情をしていて……。

 あー……そうだよね……。ここは第一王子自身のためにも、黙っていたほうが良かったよね……。

 私を魔女だと糾弾したいのだとしても、もうこの流れでは無理だと思う。が、国王が礼をとってしまえば、本当に私が救国の聖女ってなっちゃうもんね。

 第一王子としてはいつやるの? 今でしょ! ってなったんだろうな……。

 私が振り返ると余計にめんどくさいことになりそうなので、背後からの声には反応せず、前だけを見る。

 すると、さらに大きな声が響いた。


「この女は魔女なのです!! 父上にも紹介した異世界からの聖女。王宮にいた聖女! あの聖女をそこにいる黒い狐に変えたのです!」


 振り向かなくてもわかる。たぶん、私をビシィッ! と指差しているに違いない。これまでも何度も指差されたしな……。

 過去に思いを馳せる。すると、私のそばにいた狐(元女子高生)が、フンッと鼻を鳴らしした。


「私はここよ」

「あ、待っ――」


 まずい流れを感じた私は狐を止めようとした。……したんだけど、全然間に合わなかった。

 私が言葉を言い終わらないうちに、狐の体がふしぎなもやに包まれる。

 そして、現れたのは――


「なっ……」


 ――セーラー服の女子高生。


「私は最初からこうなの。べつにこの人のせいで狐になったわけではないし、今、人間の姿になれないわけでもない」


 ポンッと音が出て、もやっと白い煙が出る。その瞬間、また狐に。そしてまたポンッと音が出て、もやっと白い煙が出て、現れるのはセーラー服の女子高生。

 狐⇔女子高生。

 ポンッもやん、ポンッもやん。可変。リズミカル変化。


「あぁ……」


 その姿に思わず声が漏れる。

 わかってはいた。もしかしたら、こういうことになるのかもなって。

 そうしたら本当にやっちゃったよね……。みんなの前でやっちゃったね……。

 伝えたつもりだった。一緒にいるから大丈夫だよって。国王に説明だけしようねって。変化したり戻ったりはしないでおこうねって。

 でも、呼応しちゃったんだろうな……。第一王子とセットだと、狐は暴走気味になっちゃうんだよな……。


「あのお姿は王宮にいらっしゃった聖女様、か?」

「ええ、第一王子殿下が捜し出して、連れてこられたという……。王宮でお見かけしたことがあります」

「第一王子殿下の話では、あちらの聖女様に狐にされた、と」

「これはどういうことでしょう」

「第一王子殿下がおっしゃっていた、妬んで狐にした……と。ありえないと思ったが……」

「つまり王宮の聖女様は、そもそも狐に変化できる力を持っていた、ということでしょうか」

「騎士団の聖女様は関係ないということでしょうか」


 背後で礼をとっていたであろう人々の声がここまで聞こえてくる。ざわめき、口々に予想を述べている様子から、混乱があるのだろう。当たり前だ。


「これで、あなたが魔女って言われることはないわね」


 このざわめきの中、狐は女子高生の姿で、ふふんと胸を張っている。

 うんうん。そうだね。気持ちはわかる。私のことを思ってくれたんだろうってわかる。でも、このざわめきだよね……。貴族大混乱in王宮の大広間。


「くっ……つまり、私を騙したということか!!」


 ざわめきを気にしないその2。第一王子はそう言うと、女子高生に向かってビシッと指を差した。


「私は狐に騙されたのだ! 異世界から来た人間はどちらも聖女ではない!! どちらも魔女だ!!」

「ふんっ」


 第一王子の言葉に、女子高生は鼻息で返事をした。


「なんだその失礼な態度は! 私が……私がおまえを王宮に連れてきてやったんだろう!」

「私は信仰が欲しかっただけ。でも、ここではそれはもらえなかった」

「……やはり魔女だ!! 私は騙されてしまったのだ! 許せない!」


 言葉の応酬を繰り広げる二人と、ざわつく人々。呼応し呼応され。

 さすが。さすがトラブルメーカーの二人。敵にいても、味方にいても。拗らせるのがうまい。二人がいるだけで、事態が拗れに拗れる。ツーとトンである。二人はモールス信号で言えばツーとトン。呼応しあっちゃう。

 というか、第一王子の主張が変わりすぎだよね……。


1.異世界から来た二人の女性。一人は聖女だが、もう一人は普通の女だから騎士団に置いていく。

2.異世界から来た二人の女性はどっちも聖女だったが、騎士団にいた聖女が妬んで、王宮の聖女を狐にした。騎士団に置いていった女は魔女。

3.異世界から来た二人の女性はどちらも魔女。第一王子は魔女に騙された被害者。


 変遷がすごい。よくこれだけコロコロと主張を変えられるよね……。自分が言ってたこと覚えてないのかな……。でも、嘘を言ってるとかじゃなく、本当に今、そう思って言ってるんだろうな……。

 眉を顰める。

 すると、国王が言葉を発した。


「静粛に」

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