第6話

 警戒の声を上げたのは、騎士のうちの一人だったのだろう。

 その声に反応し、みんなの視線が一斉に魔の森へと移る。そこにいたのは――


「うわぁ、大きい狼」


 白いきれいな毛皮のとても大きな狼……。異世界だしわかってもらえないから大きな声では言えないが「黙れ小僧!」とか「お前にほにゃららが救えるか!」とか一喝してきそう。あの、アニメ映画の……あの感じ……。違いがあるとすれば大きさか。今、私が見ている狼のほうが大きい。

 大きな白い狼は森にいるが、騎士団の敷地からも見えている。森の木よりも体が大きいのだ。

 これまでを振り返ってみる。森に迷い込み、ドラゴンを見た。そして今度は大きい狼。なんて日だ。今日という日が終わらない。


「警戒態勢! 魔法騎士は前へ出て並べ! 他は弓を持ち右翼と左翼へ展開しろ!」


 私がぼうっと狼を見ていると、ザイラードさんの指示が飛んだ。

 これは戦闘になる感じか。

 大きな白い狼がどうやって現れたかはわからない。が、この地響きが狼の足音だということはわかった。


「王宮軍から魔法騎士が来ていてよかったな!! 王宮軍はザイラードの指示を聞くように!」


 きらびやかな衣装の男性も、ようやく立ち上がった。

 話からするに、魔法騎士? は王宮軍の人たちのようだ。で、きらびやかな衣装の男性はそれをまとめるような役割があって、そして、ザイラードさんに権限を委譲したっぽいな。

 そうこうしている間に、大きな白い狼が私たちのほうへギロリと視線を向けた。

 白い毛皮に燃えるような赤い瞳が光っている。


「ア、ニンゲン」


 聞こえたのは思ったよりもかわいい声だった。小さい男の子みたいな……。


「アソブ?」


 そして、こちらに向かって力強く歩いてくる。四足歩行の足が地面に着くたびに、揺れた。地震だ。


「こちらに来るぞ! 撃て!!」


 きらびやかな衣装の人が焦れたように叫ぶ。

 ザイラードさんの指示に従うようにと言っていたのに、自分で指示をしてしまっているな……。

 その声に戸惑ったのは、魔法騎士たちだ。

 きっと上司はきらびやかな衣装の男性なのだろう。その声に従うべきかどうか、ザイラードさんの顔を窺っている。


「ダメだ、待て! あちらはまだこちらに敵意を示していない」


 ザイラードさんは魔法騎士の視線に首を横に振って答えた。けれど――


「なにをしている!? 撃て、撃つんだ!!」


 きらびやかな衣装の男性が、もう一度叫んだ。

 その言葉に、魔法騎士たちは、手に持っていた剣を大きな白い狼へと掲げる。そして、無数の火の玉が向かっていき――


「ン?」


 白い毛皮に着弾する。

 火の玉は毛皮に当たった途端、いくつもの小さな爆発を起こした。


「やったか!? さすが王宮軍の魔法騎士だ!!」


 きらびやかな衣装の男性が魔法騎士を称賛する。

 魔法騎士たちもうまくいった手ごたえがあったのだろう。それぞれがすでに剣を下ろしていた。けれど、ザイラードさんはじっと爆発を見つめていて――


「ナニコレ」


 ――噴煙の向こう。

 大きな白い狼は無傷だった。


「火ノ玉デ、アソブ?」


 聞こえてきた声に魔法騎士たちが慌てて、剣を掲げる。


「くそっ撃て!! 撃つんだ!!」


 きらびやかな衣装の男性が焦ったように声を上げた。

 それを合図にし、また無数の火の玉が生まれる。そして、同じように狼へと向かい――


「コノアソビ、タノシクナイ」


 ――やはり無傷。


「くそっ……どうなって……」

「シルバーフェンリルは伝説の魔物だ。この程度の魔法は効かないのだろう。こちらから攻撃を二度も仕掛けてしまった。声も不機嫌になってきたし、次はないぞ」

「くっ……」

「魔法騎士は攻撃はやめろ。魔法障壁を作るんだ」


 ザイラードさんの言葉に魔法騎士たちは剣の掲げ方を変える。その途端、青いシールドが森と騎士団の境界線に張られた。

 そこに狼が突進してきて――


「ナニコレ」


 バキンと音がして、青いシールドが砕ける。

 一応、突進する勢いは削げたため、狼はそこで立ち止まった。


「もう一度、魔法障壁を! 俺が行く!! 矢を両翼から降らせろ!」


 そう言って、ザイラードさんは地面を蹴った。

 どうやら前線に立つようだ。きっと一番危険な場所へ行くのだろう。

 ほかにも指示をいくつも飛ばしながら、走っていく背中を見送る。

 途端に胸に不安がよぎった。

 この背中が、ザイラードさんを見た、最後の記憶になるかもしれない……。

 すると、その不安をかき消すように、声が響いて――


「大丈夫だ! こちらには救国の聖女様がいる!!」


 ――そうだ! こちらにはバイタリティー溢れる、美人な女子高生がいる!

 救国の聖女についての発言をしたのはきらびやかな衣装の男性だ。

 その言葉を受け、私を含め、全員の目が、女子高生に注がれる。その目にあるのは救いを求める期待。

 女子高生はその視線に力強く頷くと、胸の前で手を組んだ。


 ――これは美しい。


 まるで宗教画のような場面だ……。背景にきらきらと光が飛んでいる気がする……。

 これが魔物の浄化だというのならば、たしかにそうなのだろう。

 きっと、これで大丈夫。ザイラードさんも国も救われる。そう思ったのだが――


「ンー。ナンカ、ムカットシタ」


 狼は首をひねっていた。

 ……うん。全然、浄化されてないな。


「……もう一度……っ!」


 美人な女子高生は、めげずにもう一度祈りの姿勢を取った。やはり美しい。宗教画のよう。が――


「ムカットシタ」


 ――狼には一切の変化はない。

 ……流れる微妙な空気。

 救われると期待した分、なにも起こらなかったことに戸惑いが大きいな……。

 王宮軍の魔法騎士たちもチラチラとお互いを見合っている。

 すると、美人な女子高生は手をほどき、そっと頭に手を当てた。


「……めまいがします。力を使いすぎたのかも……」

「そ、そうか! そうだ! 救国の聖女様はすでにレジェンドドラゴンの浄化で力を使っている! 疲れが出たのだ!」

「すこし休みを……!」

「もちろん!」


 この状況で休暇申請。そうか。


「ヤナキブン」


 もちろん、救国の聖女の休暇申請を目の前の狼が聞き届けるわけがない。

 狼は一気に地面を蹴り、飛んだ。

 魔法障壁も飛び越え、向かってくるのは私たちのところだ。

 ――やばい。

 このままでは私たちは狼の下敷きになるしかない。

 未来を想像し、冷汗がたらりと垂れる。

 すると、私の右肩にいるドラゴンが大きく息を吸った。そして――


「キエロ!」


 重低音とともに、銀色に輝く直線が狼に突き刺さった。

 その瞬間爆発音が鳴り響く。

 これまで足止めが精いっぱいだった狼は、その衝撃に耐えられなかったようで、大きく後ろへと吹き飛ばされて……。うわぁ……。


「君、強いね……」

「オレハツヨイ、イッタダロ!」

「うん……。今のなに?」

「ブレスダ!」


 これがブレス……。ドラゴンの……。本当に強くてびっくりした……。


「チイサクナッタダケ! ツヨイ!」

「そうだね」


 さっきまでは女子高生を見ていた目。それが私のほうへと注がれているのを感じる。

 けれど、それは気にしないようにして、吹き飛ばされた狼を見た。

 狼は吹き飛ばされはしたが、まだまだ元気らしい。

 地面を蹴って、こちらに向かってきているのが見える。そして、地震が起こっている。

 こちらまで帰ってきた大きな白い狼は悔しそうに吠えた。


「ドラゴン、チイサイクセニ!」


 そして、そう言われた私の右肩にいるドラゴンがフンッと鼻で笑った。


「ウルサイ、ヨワイイヌ!」

「イヌジャナイ! シルバーフェンリル!」

「ヨワイイヌー!」

「イヌジャナイ!」


 ……これは。これはいったい。

 すごく大きな白い狼と、私の右肩の小さいドラゴンが喧嘩をしている。そして、狼が悔しそうに地団駄を踏むたびに地震が起きている。困る。


「二人とも……落ち着いて……」


 なんにも考えてない。

 ただ、地震が困るな、と思った。

 たまたまちょうど、ドラゴンと狼の間に立ってしまったために、仲裁役のようになってしまったのだ。

 で、その際「まあまあ」みたいな感じで、手をかざしてしまった。

 すると、左手をかざされた大きな白い狼の体がグングンと小さくなって――


「あ……これは……」


 さっき見たやつ。

 なんかドラゴンが小さくなったあれと一緒――っ!


「ボク、チイサクナッタ!!」


 ――大きな白い狼は、とってもかわいい白いポメラニアンになってしまいました。

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