第5話

「あなたが王宮へ行けるよう、違う方法を取るから心配しなくていい」


 ザイラードさんが私の手を引きながら、優しく話してくれる。

 殴り飛ばされたきらびやかな衣装の男性。それとは違う伝手で私は王宮へ行くのだろうか。


「あ、それなんですけど、王宮って行かなきゃいけない場所なんでしょうか?」


 そもそも論。

 王宮とやらは必ず行かねばならないのだろうか……。正直、行きたいと思えないのだが……。


「必ずというわけではない。が、救国の聖女としての待遇と、国の中枢部で華やかな生活を送っていけると思う」

「なるほど……」

「俺が団長をしている第七騎士団は、魔物を相手にする危険な任務であり、駐屯地も国境付近の僻地だ。もちろんここにいる間は俺たちがあなたを軽んじることはない。が、ここにいるよりも王宮での暮らしのほうが、安全で楽しみもあるのではないか、と」


 ザイラードさんの話を頷きながら聞く。

 つまり、ザイラードさんは私を追い出したくて、王宮に行けと言っているわけではない。むしろ、私のためを思い、王宮のほうがいいのではないかと考えてくれたようだ。それならば――


「しばらくは、このままでお願いできませんか?」


 エメラルドグリーンの瞳を見上げる。


「私は華やかな暮らしより、気を張らなくていい暮らしをして、少し休みたい気分で……」


 自分が聖女であると主張した美人な女子高生。若さに溢れていた。救国の聖女になって王宮に行く! というバイタリティーを感じたよね。

 が、私にはそれはない。上昇思考も贅沢への欲もないのだ。

 ただただ疲れている。休みたい。休ませてくれ。

 異世界に来てまで、人間関係に胃を痛めたり、ネチネチ嫌味を言われたり、マナーや作法やなんやかや、面倒なことをしたくない。

 ――スローライフ希望。


「魔物のいた森は木の実が取れたりしませんか?」

「取れる。キイチゴがうまいな」

「あーそれ食べたいです」


 キイチゴを摘んで、かごいっぱいにしたい。


「川があったりして、魚が釣れたりとかは?」

「川はある。あまり人間が来ないから、魚が罠に慣れていない。だから、釣竿を降ろした途端にすぐにかかるぞ。塩焼きがうまい」

「あーそれも食べたいです」


 釣りはしたことがないが、ザイラードさんの話だと、素人の私でも一匹ぐらいは釣れるかも?

 ぜひやってみたい。


「王宮に行くより、そういうことがしたいな、と。ご迷惑かとは思うのですが……。もちろん、働くことができれば、そちらの手伝いもします」

「いや、救国の聖女を働かせるなど……。しかし、本当に、そんなことでいいのか?」


 見上げたエメラルドグリーンの瞳が驚いたように私を見ている。

 なので、私はへへっと笑った。


「とても魅力的です」


 疲れすぎて、脳が活動をやめているせいかもしれないが、元の世界に戻ってどうこうよりも、ここでそうやって生きていくのもいいのかもしれないと思う。

 とにかく、王宮に行くよりは絶対にこちらにいたい。

 すると、ザイラードさんはふっと息を吐いて――


「そうか。それならば、ここにいてくれると有難いな」


 ――はははっと爽やかに声を上げて笑った。

 金色の髪が輝き、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく細まる。はい、イケメン。はい神。

 私は心で拝んだ。


「――っザイラード!!」


 そんな私たちへと苛立ったように声をかける者が。

 振り返ると、そこにはまだ尻もちをついたままのきらびやかな衣装の男性とその陰に隠れるようにいる女子高生がいた。


「お前は騙されている! 目を覚ませ!」


 ……うん。この場合、騙しているのは私であろう。が、私には人を騙す活力がない。もはや休みたいだけなので。


「……もう一発」


 ザイラードさんはぼそりとそう呟いた。そして、私から手を離して――

 ……もういっぱつ? もう一発。

 あ、それ、あ、それ……。


「ザイラードさん、私は気にしてないので……」


 すでに歩き始めてしまった背中に一応、声をかける。

 が、ザイラードさんはいい顔で笑うだけだ。


「心配ない」


 いや、心配というか……。

 すると、その途端、森のほうにズンッとなにか重いものが着地したような音がした。そして、ゴウゴウと音を立て、地面が揺れる。地震!?


「シルバーフェンリルだ!!」


 そして、だれかの声が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る