第76話 亜人の少女、衛生観念にドン引く

 風呂から上がったウィエルとミオンと入れ違いに、クロアはざっとシャワーを浴びる。

 風呂は飯の後だ。とにかく今は腹に何かを入れたい。

 正直ネプチューンの血を少量飲んだおかげで、筋肉の疲労や体力に関しては回復している。

 その点に関しては感謝しているが、やはり血はダメだろう、血は。



「クロア様、なんかげんなりしてません?」

「倫理観の違いにちょっとな」

「???」



 身を綺麗にした三人は、魚人のメイドに連れられて王宮内を歩く。

 ネプチューンの巨体に合わせて作られたのか、どこもかしこもでかい。

 初めて来たミオンは、口を開けて辺りを渡していた。



「ほわぁ……天井が高いです」

「そうですね。こう言ってはなんですが、小さい頃に遊んだドールハウスに入り込んだみたいです」

「ウィエル様、ドールハウスとかで遊ぶのですね」

「それはどういう意味ですか?」

「いえ、他意はなく」



 意外と言ってはなんだが、意外だった。

 ウィエルの過去はクロア以上に謎だが、まさかドールハウスで遊んでいたとは。

 案内のメイド曰く、客室は人間サイズだが、王宮内はネプチューンサイズに統一されている。

 他の魚人も大小様々だから、これだけおおきな作りになっているらしい。

 流石にクロアとウィエルは慣れているのか、リアクションもなく進んでいく。

 歩くことしばし。

 巨大な扉が開かれると、香ばしい料理の香りがだっただよってきた。

 どうやら宴会場らしい。人間サイズのテーブルも用意されていて、対面にはネプチューンが胡座を組んで座っている。

 余りその際どい格好で胡座は組んで欲しくないのたが。



「待っていたぞ! クロア、ウィエル、ミオン! さあさあ、宴にしようぞ!」



 余程楽しみだったのだろう。ネプチューンはうきうきと揺れている。

 仕方なく、クロアたちも対面に用意された椅子に座った。



「わあぁ……! み、見たことも無い料理が沢山です!」



 ミオンは久しぶりの出来たての料理に目を輝かせている。

 それもそうだ。色とりどりの魚の煮付け、焼き、蒸し。様々な海藻盛り。その他にも、クロアたちの為に用意してくれたのか肉も置かれている。

 ミオンの反応に、ネプチューンは満足気に頷いた。



「そうだろう、そうだろう。我が国の料理は世界一! 何故なら──」

「海底って娯楽が少なくて暇だから、料理が発展したんですよ」

「こらぁウィエル! その通りだがもう少しオブラートに包まんかばかたれー!」



 そこはちゃんとプライドがあるらしい。顔が真っ赤だ。

 クロアのことがあるからか、ウィエルのネプチューンに対する言葉が強い気がするのは気のせいではないだろう。



「全く……ウィエルは加減を覚えよ。傷付くぞ、余が」

「ふふ。失礼しました、ネプチューン様」



 でもネプチューンもこのやり取りを楽しんでるみたいだ。

 ミオンから見ても、ウィエルとネプチューンは仲が良さそうに見える。喧嘩するほど仲がいいというやつだろうか。

 と、その時。クロアの腹から爆音のような音が響き渡った。それこそ、地響きがするほど。



「国王様、腹が減りました」

「む、そうだな。それでは宴を始めようぞ!」



 ネプチューンの声に、魚人族の女性たちが、民族衣装のようなものを着て宴会場に入って来た。

 歌や音楽に合わせて踊る、見目麗しい女性たち。

 物凄い歓迎ぶりに、ミオンは料理よりそっちに見蕩れてしまった。



「わぁ、綺麗……! お二人とも、凄いですよ!」

「そうだな、もぐもぐ」

「凄く綺麗ですね、もぐもぐ」

「見てない!?」



 余程腹が空いていたらしい。

 踊りや音楽より、目の前の料理に釘付けだ。



「す、すみません。ネプチューン様……」

「わはははは! よいよい! これらは宴の余興と思ってくれ、ミオン。お主も食わねば、そこの大食らいどもに食われてしまうぞい」

「え? あ!」



 気付けば、テーブルの上の料理が瞬く間に無くなっている。

 後から色々と運ばれてくるとは言え、このままではミオンが食べる前に食べ尽くしてしまいそうだ。

 ミオンも慌てて料理に手をつける。

 と。



「〜〜〜〜ッ! 美味しいっ。え、こんなに美味しい魚料理、初めて食べました……!」

「わはは! いい反応をするなぁ、ミオンは!」



 大樽になみなみ入った酒を飲み、ご満悦なネプチューン。

 永遠を生きるネプチューンだが、自分が開発した料理を美味そうに食べてもらえる瞬間は、いつも嬉しいものだ。



「今回は余の血は入ってないからな。安心して食うといいぞ。入れたらクロアに怒られてしまう」



 ぴたっ──。

 ミオンの手が止まった。



「……血? 血、て……?」

「国王様の血は特別で、一雫で死人すら蘇るほどなんだ」

「いつもは余の血を混ぜるのだ。客人を持て成す最高のひと手間なのだぞ」

「衛生観念」



 倫理観の違いに、ミオンも頭を抱えてしまった。

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