第77話 勇者の父、いじめ現場に出くわす

 ある程度食事を終え、気持ち的にも満足してきた頃。

 ウィエル、ミオン、ネプチューンは酒飲み勝負をしていた。



「ぶはぁ。やるではないかミオン。余とこれだけ飲み比べられるものはウィエル以来初めてだぞ」

「私はぜーんぜんだいじょーぶでーす! もっともってこーい!」

「ふふ。ミオンちゃん、テンション高いですねぇ」



 三人の近くには、空になった酒樽が山のように転がっている。

 未だに止まらない三人。メイドや執事も大変そうだ。

 クロアも見てるだけで酔ってきそうなほどで、これはまずいと三人にバレないように宴会場を抜け出した。



「三人はしばらく酒を浴びるように飲むだろうし、少し散歩させてもらうか……」



 前に来た時から既に二十年近く経っているが、クロアの記憶が正しければ迷うことはない。ウィエルはともかく。

 腹ごなしを兼ねて王宮内を好きに歩き回ることしばし。

 王宮を抜け、中庭のような場所に着いた。

 中庭と言っても、ここもネプチューン仕様でかなり広大だ。



「懐かしいな。昔はここで、国王様と喧嘩したっけ」



 今は治っているが、当時受けた傷が僅かに疼く。

 二人の攻撃の余波で城が半壊したのも、今ではいい思い出だ。当然、既に城も中庭も元通りになっている。

 まあその後、大臣に思いっきり叱られたのだが。

 中庭を抜け、その先にある通路を歩く。

 確かこの先が、魚人族国王軍の訓練場だったはずだ。

 薄暗い通路を歩くと、奥の方から剣と剣がぶつかる金属音が聞こえる。

 が、それだけじゃない。

 僅かにだが、複数人の罵倒するような声も聞こえてきた。



「これは……?」



 声の質や人数から、訓練している感じではなさそうだ。

 魚人にバレないよう、壁越しでそっと覗き込む。

 人数は四人。だが全員身軽な恰好で、手には模造剣が握られている。

 その中の体格のいい三人が、魚人族にしては小柄な青年に打ち込んでいた。



「弱い弱い! 弱すぎんだよオメェはよ!」

「よくそんなんで国王軍に入れたなぁ!」

「任務で死なねぇように俺らが特訓に付き合ってやんぜ!」

「ぐあ!?」



 明らかに力加減がされていない。

 模造剣とはいえ、あんな力で打たれたら致命傷になるだろう。

 小柄な青年もなんとか模造剣で打ち返しているが、簡単に弾かれて腹に蹴りを入れられていた。

 どこの世界にも、弱者をいじめるやからはいるもんだな。

 クロアは嘆息し、指をデコピンの形にすると――



「ほげ!」

「べ!?」

「おぶ!?」



 死なないよう加減した空気の弾丸を、体格のいい三人の頭部へぶつけた。

 脳震盪と激痛で、三人の意識は簡単に刈り取られた。



「え……え、え?」



 突然のことに困惑している青年。

 そんな青年に、クロアが近付いた。



「君、大丈夫か?」

「だ、誰だ、侵入者か!? う、っつぅ……!?」



 打たれたところが痛むのか青年は脇腹を抑えて顔をしかめる。

 流石のクロアも、人の傷やダメージを治すことは出来ない。倒れそうになる青年を支えるのに精いっぱいだ。



「大丈夫そうではないな。医療室に行こう。確か訓練場の近くにあったと思うが」

「さ、触るな。って……ち、力強っ……!?」



 青年はクロアの手を振り払おうとするが、掴んでいる力が強すぎて引き剥がせない。



「暴れるな。見ていたが、相当打たれていただろう。骨が折れているかもしれない」

「これくらいなんでもない! 離せ!」

「妻に治してもらうのもいいが、今酔っ払っているからな。申し訳ないが国王軍の主治医に治してもらってくれ」

「いい! 俺は俺の力でなんとかする!」



 流石、魚人の打たれ強さと言ったところか。

 人間なら痛みで気絶しそうなほどの怪我だが、叫ぶ元気は残っているらしい。



「いいから、大人しくしろ。俺が助けなかったら、命に係わるほど打たれていただろうからな」

「助けてくれなんて言ってない! それに助けただと!? 何もしてないじゃないか!」

「こうした」



 クロアがデコピンで放った空気の弾丸が、近くのサンゴを粉々に打ち砕いた。

 暴れていた青年も、異次元の力に唖然と固まってしまう。



「……なっ、なななな!? 何をしたんだお前! 王宮内のものを破壊するのは許されないんだぞ! どんなトリックを使った!」

「うるさい」

「ほげ!?」



 余りのうるささに辟易したクロアの拳が青年の脳天に振り下ろされる。

 人生最大と言っていいほどの衝撃に、青年の意識は抵抗する余地もなく暗闇に落ちていった。



「これで運びやすくなった」



 本末転倒とはこのことを言うのだろう。

 クロアは気絶した青年を脇に抱え、医務室へと連れて行った。

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