第75話 勇者の父、倫理観の違いに苦悩する
従者である人魚の案内で、三人は客室へ通された。
稀にくる外部からの客人を持て成すためか、かなり豪華で凝った内装になっている。
ベッドは二つだが、クロアとウィエルは二人で一つを使うから数的には問題ない。
ミオンは久しぶりのベッドへ、一目散にダイブした。
「ふおぉ……水の上以外で横になるの、久しぶりですぅ……」
「やれやれ。ミオンちゃん、まずはお風呂に入らないとばっちいですよ。一緒に入りましょうね」
「お風呂!」
思えば、この半月間は汚れを浄化していただけで、風呂なんて入れてなかった。
耳をピクピク、尻尾をふりふり。見るからにテンションが上がっていた。
「それでは、あなた。先に入らせてもらいますね」
「ああ。行ってらっしゃい」
客室に備え付けられている風呂に入る二人を見送り、クロアはソファーに腰掛けた。
流石のクロアも半月間海の上を歩くと、筋肉疲労が半端ではない。
正直、筋肉が悲鳴を上げていた。
「アルカが生まれてから、満足に修行出来ていなかったからな……戦闘の勘は戻ってきたとはいえ、全盛期には程遠いか」
ストレッチを繰り返し、筋肉の強ばりを取る。
それでも疲労感は拭えない。早く風呂に入って横になりたい気分だった。
と、そこに。部屋の扉がノックされた。
この気配、ネプチューンだ。
「クロア、おるか?」
「はい、国王様」
クロアが扉を開けると、ネプチューンが狭そうに扉を潜ってきた。正確には、腰がつかえて上半身だけしか入れていないが。
色々ド迫力の光景に、クロアは視線を下げずにネプチューンの顔を見上げた。
「どうかされたのですか?」
「うむ、お茶とお菓子を持ってきたぞ。宴の準備に少し時間が掛かりそうでな。余、直々に入れてやったぞ」
「ありがとうございます。ですが、メイドや執事に任せればよかったのでは?」
「クロアには、余が入れたお茶を飲んで欲しいのだ」
まるで恋する乙女の表情だ。
そう思ったが、向けられているのが自分だという現状に、なんとも複雑な気持ちになるクロアだった。
ネプチューンからトレーを受け取り、茶をすする。
口の中に広がる濃厚な味に、鼻から抜ける爽やかで華やかな香り。温度も適温。喉越しもいい。
「美味しいですね、これ。今まで飲んだことありません」
「だろう、だろう!? 余がな、余が開発したんだ! 海底一万メートルにしか自生しない海藻とサンゴを乾燥させてな!」
褒められたのが嬉しいのか、嬉々として茶葉について語るネプチューン。
アルカも昔、色んなことを嬉しそうに話していたことがあったなぁ。そう思い、クロアはどこか暖かい気持ちになった──
「で、最後に余の血を入れた」
「ぶーーーーー!?」
──が、気のせいだった。
今なんと言った、このメンヘラは。
「ど、どうしたクロア。変なところに入ったか? 背中さすってやろうか?」
「げほっ、げほっ。い、いや大丈夫です。えっと……それで、今なんと?」
「え。クロア、怒っておるのか? 顔が怖いぞ」
「怒ってません」
「怒っとるもん! 顔怒っとるもん! な、何をそんなに怒っとるのだ!」
クロアの怒気に、ネプチューンはたじたじだ。
本当になんで怒っているのかわかっていないみたいで、指同士をつんつんしていじけている。
「お茶入れてやっただけなのに、そんな怒ることなかろうもん……」
「だから怒っていません。それで、このお茶はどう作ったと?」
「……海底一万メートルに自生している海藻とサンゴを乾燥させて細かく砕き、同じく深海一万メートルに湧く淡水を更に丁寧にろ過した」
「ふむふむ」
「で、最後に余の血を入れた」
「
「何でぇ!?」
ネプチューンは本当にわかっていないのか、頭を抱えた。
が、すぐにピンと来たのか手を叩き、恥ずかしそうに頬を染める。
「あ、つまりこう言いたいのだな? 余が指を切って血を流したのが可哀想だと。むふふ、クロアは優しいなぁ。
「違うそうじゃない」
「安心せい。余は海域にいる限り、海のパワーを得ている。指先をちょっと切るくらい直ぐに回復してしまうぞい」
「だから違いますって」
どうやら、自傷したことに怒っていると勘違いしているようだ。
確かにそれも僅かにある。まあ、百ある怒りの内五くらいだが。残りの九十五というと。
「人の血を勝手に飲まされて、怒らない人はいないでしょう」
「何故だ? 余はクロアの血ならいくらでも吸えるぞい」
「倫理観」
あまりにもあまりにな倫理観の違いに、クロアは頭痛を覚えた。
「そ、そんなに嫌だったか……? 余の血には癒しの効果がある。それこそミンチになっても瞬く間に回復し、生き返るほどだぞ。クロアが疲れてると思って、入れてきたのだが……」
「お気遣いは嬉しいですが、それなら精のつく料理とかの方が嬉しいんですが」
「なるほどっ、料理か! すぐに作らせるでな!」
ネプチューンは急いで扉を抜け出すと、どしどし地響きを立てながら去っていった。
その後ろに控えていたのか、魚人のメイドが慌ててついて行く。
「こらー! 国王様、廊下は走っちゃダメって言ってますでしょう!」
「はいっ!」
これじゃあどっちが主人がわかったもんじゃない。
クロアは精神的な疲労を覚えた、ソファーに深々と腰掛けた。
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