第74話 海神、頼み込む

「うむっ、余だぞ!」



 自信満々に胸を張るネプチューン。

 その拍子にたわわすぎる胸が揺れ、三人は一斉に目を背けた。

 余りにも艶めかしく、余りにも色っぽく、余りにも……雑に言ってしまえばエロい。超エロい。同性のウィエルとミオンでさえ、目を逸らすほどだ。

 ネプチューンは広げていた扇を閉じると、ビシッとクロアを指した。



「ところでクロアよ。前にも言ったが、貴様は余を孕ませる権利を持っている。国王様と呼ぶでない。ネプ、もしくはネプたんと呼べ」

「お断りします」

「食い気味で断るな泣くぞ」



 本当に涙目になっているネプチューンを見て、ミオンは困惑した。

 神話として語られる海の神、ネプチューン。

 海の調和や安寧を司る者として言い伝えられているが、一転して怒り狂ったら手が付けられないと言われている。

 高波や渦潮が起き、十年もの間海が大荒れだったらしい。

 そんな海の支配者が涙目。困惑しない方がどうかしている。

 ミオンの視線に気付いたのか、ネプチューンは目をぱちくりさせた。



「ところで、貴様は誰だ?」

「……ぁっ。は、はい! く、クロア様とウィエル様の弟子、ミオンと申します……!」

「何、弟子だと?」



 興味を持ったネプチューンが、玉座から立ち上がりミオンへと近付いた。

 想定通り四メートルは超えているだろう。

 だがそれでも、圧倒的な存在感と威圧感に後退ってしまった。

 ネプチューンはしゃがみ込むと、値踏みするかのようにミオンを見る。



「むぅ……むー……?」

「あ、あの。何か……?」

「……なんかチンチクリンだな」

「ちっ……!?」



 突然の暴言に胸を貫かれた。

 確かに、同年代と比べてもミオンの体付きは発達が遅い。だが発達が遅いだけで、決して未発達ではない。決して。

 記憶にある母の胸も大きかった。だから大きくなるはず。……はず。

 そんな思いが頭の中を駆け巡り、それでもなお心の傷は癒えず、ミオンは蹲ってしまった。



「チンチクリン……チンチクリン……」

「ネプチューン様、謝ってください」

「ご、ごめんなさい」



 流石に言い過ぎかと思ったみたいで、ネプチューンは素直に謝罪した。



「だが、レミィはどうしたのだ? 前に来た時はあやつも一緒だっただろう」

「あいつは免許皆伝で、自由行動させてます。今どうしてるかはわかりませんが、多分魔王軍相手に遊んでいるのではないかと」

「相変わらず血の気の多い娘だな」



 ネプチューンが指先でミオンの頭を撫でながら、そっと嘆息する。

 が、ミオンは聞き慣れない名前に首を傾げた。



「レミィさんって、どなたですか?」

「そうか。ミオンちゃんはレミィを知らないのか。言葉の通り、ミオンちゃんの姉弟子だな」

「姉弟子!?」



 港町アクレアナにいたナックスは兄弟子だった。

 サキュアは直系ではないが、孫弟子。その他にもまだ弟子がいたとは驚きだ。



「免許皆伝ということは、すごく強い……ということですよね?」

「強いぞ。俺が保証する」



 断言した。クロアお墨付きの強さ……出来れば戦いたくない。戦うことはないだろうけど。

 ネプチューンは立ち上がると、再度玉座に座って足を組んだ。

 行動の一つ一つが艶かしいことこの上ない。



「で、クロアよ。いつまで滞在するつもりだ? 勿論ずっといるよな? 安心せよ。皆の生活は全て保証する。ずっとずっといてくれて構わんぞ。そうだっ、余の城で歓迎会を催そうではないか。もし欲するなら金銀財宝も与えよう。どうだ? ん?」



 ネプチューンはクロアが来たことが相当嬉しいのか、鼻息荒く捲し立てる。

 ウィエルがぎゅっとクロアの腕に抱き着き、クロアは苦笑いを浮かべてその頭を撫でた。



「お誘いは嬉しいのですが、ここへは食料や水の調達で寄っただけなので、補充したら直ぐに出ますよ」

「ふぇっ……!?」



 また涙目になった。

 なんだか可愛い人だな……そう思ったミオンだった。



「そ、そんな寂しいことを言うな! 久しぶりに寄ったのだから、もっと余の相手をしろー!」

「と言われても、ここに長くいたら子作り子作りうるさそうですし」

「うぐぅ」



 うるさくするつもりだったらしい。

 いい加減ウィエルも堪忍袋の緒がキレそうなのか、額にビキビキと血管が浮かんでいる。



「わ……わかった。もう子作りとか言わん。だから少しの間、この国にいてくれ。余は暇なのだ……」



 クロアは、しゅんとしてしまったネプチューンから、ウィエルに視線を移す。

 ウィエルもじどーっとした目をネプチューンに向けていたが、深いため息をついてクロアの腕をはなした。



「それでしたら、お言葉に甘えましょうか。私も久々にふかふかのベッドで寝たいですし」

「! あ、ありがとうだ、ウィエル! そうと決まれば宴だな! 皆の者、宴の準備だ!」



 ネプチューンはスキップしながら謁見の間を出ていき、三人だけが部屋に残された。



「な、なんだか可愛い人ですね、ネプチューン様って……」

「そうですね。でも、昔は気むずかしい方だったのですよ」

「そうは見えませんが……あ、またクロア様か」

「またとは失礼だな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る