第73話 勇者の父一行、海の支配者に謁見する
兵士の用意したシーホースと呼ばれる海の馬が引く馬車に乗り込み、大通りを走る。
深海の国ディプシーは街という単位でなく、地区によって分かれている。
門がある外側が第十地区で、中心に行くにつれて数字が上がり、王城があるのが第一地区となっている。
「魚人というのは、上下の階級制度がないんだ。国を統治する国王以外、貴族もいない。人間でいうところの、全員平民ってところだ」
「そうなんですね。確かに、どこまで行ってもみんな生きづらくなさそう……」
ミオンが馬車の窓から外を見る。
当たり前だが、あっちを見てもこっちを見ても魚人だらけだ。
人型もいるが、頭が魚のものも多いし、ほとんど魚の魚人もいる。
魚人と一括りにしているが、姿かたちは多種多様らしい。
それに建物も独特だ。巨大なサンゴで作られた建物や、貝殻で出来た建物。岩を切り抜いた建物などが並んでいる。まるで建物の展覧会だ。
「綺麗な国ですね。こんな綺麗な国、みたことがありません」
「ここは人間が足を踏み入れることがありませんから、文化が侵されることがありません。だからディプシーは、独自の発展を遂げているんですよ」
ウィエルの言葉に、納得した。
確かに別の人種が入ってくると、良くも悪くも文化が混じり合い、廃れていく。
文明の進化と言えば聞こえはいいが、保たれるべき文化も存在する。
ここは間違いなく、これからも保たれるべき文化の一つだ。
窓から国を眺めることしばし。ミオンにある疑問が湧いた。
「思ったんですけど、各地区で統治している人がいないと大変では? 流石に王様一人では、全てを把握するのは出来ないと思うんですが」
「それが出来るんですよ」
「海のことで、あの人が把握出来ないことはない」
「そ、そんなにですか……!?」
国ではなく、海という単位を出されてしまった。
それが本当なら、国一つくらいなら全てを把握することは容易だろうが……一体どんな力を持っているんだろうか。
クロアたちの知り合いということは、それなりの人物だろうけど。
「ああ。だからこの国は、国王一人で統治しているんだ」
「な、なるほど。独裁にならないのが不思議ですね」
「国王様にとって、国民は家族だからな。絶対に虐げるようなことはしない。罪には厳正な罰を与えるし、善には公平な褒賞を与える。そしてなにより、永遠に近い時間、ずっと海を守り続けている。だからこの国で暴動が起きることはない」
クロアがこんなに手放しで褒めることも珍しい。
それに、永遠に近い時間というのも気になる。
ミオンは若干の緊張を覚えつつ、馬車に揺られていくのだった。
◆
「クロア様、ウィエル様、ミオン様。王城へ到着いたしました」
馬車が止まると、さっきの兵士が馬車の扉を開けた。
順に馬車を下り、久しぶりの外の光りに目を細める。
と、光りに慣れたミオンの目の前に、巨大な建物に姿を現した。
「で……っか……」
アルバート王国の王城もでかいと思ったが、ここはそれ以上だ。
一回り……いや、二回りはでかいだろう。頂上を見ようと首を曲げると、直ぐに痛くなってくる。とにかくでかい。
「相変わらず凄い城だな」
「ここに来るのも本当に久々ですね。国王様はお元気でしょうか」
流石のクロアとウィエルも、この城の大きさには慣れていないようだ。
こんな城、地上ではそうそうないだろう。上空にいる魔獣のいい的になってしまう。
兵士の案内で扉を潜り、中に入る。
城の中は豪華絢爛な装飾がされていて、ここはアルバート国の城と大差ない。
フカフカのカーペット。壁に掛けられた絵画。一定間隔で置かれた調度品や芸術品。
どれも見たことがない。恐らく、魚人として独自に進化してきた文明の結晶なのだろう。
歩くことしばし。
幾段もの階段を登ると、巨大な扉が姿を現した。
「陛下、クロア様御一行をお連れ致しました」
「入れ」
「失礼いたします」
兵士が扉の直ぐ近くにあるレバーを引くと、自動的に扉が開いた。
重い音を立てて扉が開く。
部屋の奥にある玉座。そこに一人の女性が座っていた。
でかい。座ってなおでかい。恐らく、立ったら四メートルは優に超えるだろう。
青く鋭い眼光に、筋肉質だがグラマラスな肉体。しかも局部を貝殻で隠しているだけで、ほとんど裸だ。
女性は妖艶な笑みを浮かべ、クロアたちを一瞥した。
「久しいな、クロア、ウィエル。余を孕ませる心の準備は整ったか?」
「お久しぶりです、国王様。その件は断ったので、今のも聞かなかったことにします」
「お久しゅうございます。ネプチューン様、次旦那を誘惑したら吊るし上げますよ」
「釣れないのう。子孫繁栄など、ちょちょいと遺伝子を交換するだけではないか」
ネプチューンと呼ばれた女性は、つまらなそうにぶーたれる。
ミオンの中で色々ツッコミたいことが山のように溢れてきたが、ネプチューンの名前に全てが吹き飛んでしまった。
「ね、ネプチューン、て……あのネプチューン様ですか!?」
「む? 余を知っておるのか、小娘」
「し、知ってるも何も、神話で語られる神様……ですよね……!?」
この世の海……いや、池、湖、川など、全ての水を司る海の絶対支配者。
まさか深海の国ディプシーの国王が、神様だなんて想像だにしていなかった。
クロアの言っていた、海のことなら全て把握しているという言葉も納得だ。神様なら、海で何が起きているか知らないはずがなかった。
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