第72話 亜人の少女、世界を知る

 深海の国ディプシーは魚人族の作った、魚人以外に来ることは出来ない、閉鎖的な国である。

 唯一の通行手段はウィエルのように魔法を使うこと。

 だが、そもそも魔法を使える人類が少ない上に、ここまで辿り着けるほど魔法の才に優れた者がいない。

 ディプシーの歴史を見ても、両手で数えられるくらいだった。

 そんな閉鎖的な国だが、客人は手厚く歓迎される決まりとなっている。

 理由は明確。こんな場所に辿り着ける者は、強者に他ならないからだ。

 クロアからの説明を受けながら、国を包む魔力の膜を通り抜けると、今まで掛かっていた水圧が消えた。

 どうやら内側には空気があるみたいだ。

 数時間ぶりの空気の気配に、ミオンは安堵のため息をついた。



「ふふ。お疲れ様でした、ミオンちゃん。どうです? いい修行になったでしょう」

「今私は、生を実感しています」

「いいことですね」



 皮肉を言ったのだが通じなかったらしい。

 自身を包んでいた魔力の膜を解き、ぐっと伸びる。

 地面最高。空気最高。母なる海と言っても、地上で生まれた身からすれば地に足が着いていた方が安心する。

 クロアが前を歩き、その後ろをウィエルとミオンがついて行く。

 どうやら七色に輝く光源は、サンゴらしい。

 あちこちから生えているサンゴによって、海底でもこれほどの光を確保出来ている。

 それに光の魔法だろうか。電灯から暖かな光が降り注いでいる。

 深海にいることを忘れさせるほど、色とりどりの光が照らしていた。

 観光気分で歩いていると、剣や鎧などの装備を身に付けている魚人が、こちらに気付いた。



「む? おお、お客人か。……って!? く、くくくくクロア様!?」

「久しぶりです。俺のことを覚えていてくださるとは、光栄ですね」

「そ、それはもちろんですよ! 国王陛下からも、クロア様がいらしたら王城へ送るようにと言われておりまして……! す、直ぐに門を開けます!」



 魚人の兵士が慌てて開門を指示する。

 荘厳な門が、重厚な音を立てながら開いていく。



「で、クロア様。今度はこの国で何をやらかしたんですか?」

「やらかすこと前提で聞かないでくれ」

「でもやったんですよね」

「…………」



 図星なのか、否定せず目を逸らした。

 まあ今更だが。



「だ、だが大したことはしていないぞ。当時、この国の近くに巣食っていたクラーケンを仕留めて、ゲソ焼きにしただけだ」

「クラーケン……え、実在したんですか? あの伝説の怪物が?」



 おとぎ話で聞いたことがある。村にやって来た吟遊詩人が、軽快な曲と共に歌っていた。

 山のように巨大なイカ型の魔物──クラーケンが航海中の船を襲い、全てを深海へと引きずり込む。

 それがある時から現れなくなり、海に平和と安寧がやって来た。

 要約するとこんな内容だ。

 子供ながらに恐怖で泣いた記憶がある。

 父アランは、あれは作り話だと言っていた。自分もそれを信じていた。

 なのだが……。



「伝説? あれはただの魔物だぞ」

「というか、伝説で語られる魔物って大抵実在しますよ。バハムートとか、メデューサとか、ミノタウロスとか、マンティコアとか」

「うむ。普通の人間では立ち入ることの出来ない魔境に生息しているが、確かにいるな」

「人はそれを伝説と呼ぶんですよ」



 メデューサは毒の渓谷の奥地。

 ミノタウロスはマグマの先にある地下道。

 マンティコアは酸の海に浮かぶ島。

 全て親から聞いたり、吟遊詩人から聞いている。

 悪いことをすると、メデューサがやって来て石にするとか。

 嘘をつけばミノタウロスが連れて行ってしまうとか。

 夜に一人で出歩くとマンティコアが丸呑みにしてしまうとか。

 全部、子供を言い聞かせるために昔から言い伝えられているものだ。

 そんなものが実際に存在するとは思えないが、この二人が言うのだから、間違いなく実在するんだろう。



「伝説の怪物……出来れば出会いたくないですね」

「………………ソウダナ」

「待ってください今の間はなんですか!? 今のカタコトはなんですか!?」

「サア行クゾ。門ハ開カレタ」

「クロア様! クロア様ぁ!?」

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