第71話 勇者の父一行、たどり着く

 と、その時。

 暗闇の向こうから、水を介して震動のようなものが体を叩いた。

 ドラゴンの咆哮のように、魂が警報を鳴らすような感覚に、ミオンは思わず身を竦めてしまった。

 クロアとウィエルも止まり、海震が伝ってきた方を向いた。



「ふむ、海獣か」

「このエリアだと、ですか?」

「恐らくな。二人とも、下がってなさい」



 クロアが二人の前に出ると、暗闇の先を見つめる。

 震動が徐々に大きくなる。

 ウィエルも念の為魔法陣を展開し、ミオンを守るように少しだけ前に出る。

 自分じゃ力不足。そう言われているようで、ミオンの心は悔しさで満たされた。

 待つこと数秒。

 漆黒を切り裂き、何かがクロアたち目掛けて泳いで来た。

 青い鱗に、鋭く不揃いな牙。

 鋭い眼光は暗闇の中でも光り、翼はないがヒレが大きく発達している。

 海で生まれ、海で生きるドラゴン、、、、



「やはりウォータードラゴンか」

「どどどどどどドラゴン……!? 海にもいるんですか!?」

「ドラゴンが生息しない環境はないと言われているな。俺が見てきた中には、マグマを泳ぐ奴やマイナス百度の中を生きる奴もいた」

「何呑気に解説してるんですか!?」



 確かに解説している場合じゃない。

 あっちは海を縄張りにしている化け物。

 それに引き換えこっちは、海の中では満足に動けない人類。普通に泳いだら魚にも負ける。



「ミオンちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」

「は……はい……」



 クロアの発する「大丈夫」という言葉ほど安心するものはない。

 現に、さっきまで全身が震えていたのに、今は止まっている。

 クロアはウォータードラゴンを睨みつけると、腕を組んで大きく息を吸い込む。

 そして。



「食い散らかすぞ」



 ボソッと、呟いた。

 兎人族の耳でもほとんど聞き取れないほど、小さな声。

 だがウォータードラゴンは何かを察したのか、急停止して超高速でクロアから逃げる。

 まるで天敵に出会した弱者のようだ。



「終わったぞ」

「終わった、て……何をしたんですか、クロア様?」

「威嚇しただけだ。こんな海中で下手に血を流せば、それに釣られて他の魔獣がやってくる可能性がある。そんな奴らを一々相手していたら、どれだけ体力があってもキリがない。水中での掟は、無駄な戦いはしないことだ」

「なるほど」



 クロアの言う通りだ。血に釣られてやってくる魔獣は、一体や二体じゃない。群れを成してやってくる。

 クロアとウィエルでも辛いだろうし、自分ミオンというお荷物までいるのだ。護りながらの戦いは想像を絶するはず。

 悔しい。

 修行の身で言うのはおかしいが、今のミオンは二人の足でまといでしかない。

 ミオンは悔しさを胸に、クロアとウィエルの背中をじっと見ていた。






 三人は時たまやってくる魔獣や魔物を威嚇で追い返し、潜っては追い返し。

 そうしていると、ミオンの魔力の膜が一気に軋んだ。



「ひぃっ!?」

「海底九百メートル地点ですね。もう直ぐ着きますよ」

「いやもうかなり限界なんですけど!? これ、どれだけの力が掛かってるんですか!?」

「一平方センチあたり九十キロです。全方位から九十キロの圧が掛かってると思ってください」

「きゅっ……!?」



 もう何がなんだかわからない数字だった。

 つまり深海千メートルにもなると、百キロの水圧が掛かるということ。

 当たり前だが死んでしまう。

 なのにクロアは普通に泳いでいる。やはり身体構造が常人ではない。



「まあ正確には、空気の多い肺や胃が潰れるだけで、体が潰れることはないんだけどな」

「今一番聞きたくない情報をありがとうございます」



 肺や胃が潰れるだけ、て。間違いなく死ぬはずなのに、何を軽く言っているのだろうか。

 全く理解出来なかった。したいとも思わないが。



「さあ、あとひと踏ん張りだ」

「ミオンちゃん、行きますよ」

「あーもう! ここまで来たらやったりますよ!」



 ある意味、ミオンは一皮剥けた。

 泳ぎ、泳ぎ、泳ぎ。

 魔力の膜がこれでもかというほど軋み、そろそろ限界が近付いてきた頃。



「ぇ……明かり……?」



 海底から妙な明かりが見えてきた。

 七色に光るそれは、近付くと徐々に強くなっていき──次の瞬間、漆黒の闇が切り裂かれるように、眩い光が包み込んだ。

 一瞬だけ目が眩んだが、直ぐにそれも慣れ……巨大な都市が目に飛び込んできた。

 どこまでも広がる大都市に、七色に光る電灯。それらを超巨大な魔力の膜で覆っている。



「凄い……」



 今まで何もなかった漆黒の中に、これだけの都市があるとは思わなかった。



「これが、深海の国ディプシーだ。さあ、入国手続きをしよう」

「は、はいっ」



 ミオンは早く楽になりたいという気持ちを抑え、クロアとウィエルについて行った。

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