第59話 亜人の少女、本気を見せる

 今まで感じていた魔力量の比ではない。

 ミオンの体から迸る魔力が洞窟にひびを入れ、地響きを引き起こす。

 思わず後退るアネラ。体が震え、冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。

 輩三人の目を通して見た時は、クロアとウィエルの二人にさえ気を付ければいいと思っていた。

 一目見ただけでわかるほど、オーラが違っている。

 あの二人には間違いなく勝てない。だからアネラはミオンを狙った。

 ミオンを人質にクロアの動きを制限し、直属の上司である魔眼皇バルバと共にクロアを殺そうと思っていたのだが……当てが外れた。



(くそっ、くそっ、くそっ! 何を考えていたの、私は! あの化け物二人について旅をしているこの兎人族が、化け物じゃないはずないじゃない……!)



 今更気付いたところで、時すでに遅し。

 修行の密度五倍という魔法の言葉を掛けられたミオンは、絶対回避するために眠っていた潜在魔力を無意識のうちに解放したのだ。

 目から光が漏れ、口から謎の煙が立ち上る。

 魔族より魔族っぽい見た目に、アネラはドン引きした。



(落ち着け。落ち着くのよ私。私には魔眼がある。しかもバルバ様に認められ、能力の底上げもしてもらっている。この魔眼があれば、負けることはない)



 ミオンから発せられる圧を受け流し、魔眼でミオンを見る。

 とにかく今は眠らせ、力を無力化しないと洞窟が崩れる。

 そう考え、魔眼の魔法を行使するも。



「があああああああああああああ!!!!」

「ッ!?」



 ミオンの咆哮により、魔眼の魔法が弾かれた。

 昏睡魔法は魔法を弾き返すフィジカルか、圧倒的な魔力量を持っていないと弾くことは出来ない。

 アネラの眼で確認したが、フィジカルも魔力量もクロアとウィエルには劣る。

 が、間違いなく今弾かれた。



(何故ッ。何故私の魔法が弾かれたの!? この程度の兎人族、私の眼なら……!)



 とにかく逃げないと、下手したら殺される。

 アネラは戦士でも騎士でもない。敵を前にして逃げることになんの抵抗もない。

 急いで背を向けて洞窟内を走り、外へ向かう。



「五倍五倍五倍五倍五倍五倍五倍五倍五倍ッ! 五倍はむりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」



 背後から絶叫が聞こえてくる。

 そこでようやく察した。

 ミオンはフィジカルで弾いたわけでも、魔力量で弾いたわけでも、ましてや反魔法で弾いているわけでもない。

 これは恐怖だ。

 クロアとウィエルへの恐怖が、昏睡魔法を撃ち消している。



(いやいやいや、ありえないでしょそんなことっ! 私の昏睡魔法は魔王軍の中でも随一よ!? バルバ様には劣るとはいえ、この魔法で眠らせることの出来ない奴なんていないわよ!)



 だが現実に起こっている。それは覆すことが出来ない。

 アネラはとにかくミオンから離れるべく、全力で洞窟を駆け……抜けた。

 暗闇と陽光の差で、一瞬めまいがする。

 だが脚は止めない。このまま森に入り、姿をくらませる。

 そう思っていた。



「……ぇ……?」



 急に目の前に何かが現れた。

 魔族の動体視力と判断力をもってしても、一瞬それがなんだかわからなかったが──ミオンだ。ミオンがいる。

 さっきまで洞窟の中にいたミオンが、いつの間にか自分を追い越していたのだ。

 意味がわからなかった。

 兎人族の脚が速いのは知っている。魔力による身体強化をしているのも織り込み済みだ。

 が、それでも説明がつかないレベルで速い。速すぎる。

 アネラの思考が完全に停止し、加速することも停止することも出来ず……最後にミオンから放たれた右脚を見て、意識が完全に闇へと落ちた。



「帰らなきゃ帰らなきゃ帰らなきゃ帰らなきゃ帰らなきゃ帰らなきゃってここどこおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」



 ミオンは吹き飛んだアネラから目を逸らし、跳び去った。



   ◆



「……ぁ……が……?」



 顔面の痛みと共に目が覚めたアネラ。

 どれだけ眠っていたんだろう。視界がかすんで何も見えない。だが生きているということだけはわかる。

 咄嗟に防御魔法を展開したから致命傷にはならなかったらしい。

 だが死んだ方がましというレベルで顔面が痛い。体も動かない。とにかく回復に努めないと。

 魔族は回復力も優れている。こうして待てば、いずれ回復するだろう。



(ち……くしょぅ……バルバ様の言っていた通り、あんな化け物たちに手を出すんじゃなかった……)



 呼吸だけに意識を向ける。

 と、誰かがアネラの傍に立った気配を感じた。



「アネラ……お前というやつは、なんてことをしてくれたのだ」

(この声……ば、バルバ様……!?)



 姿は見えないが、主の声を間違えるはずがない。

 魔眼皇バルバがすぐ傍にいる。



「あの男たちに手を出すなと再三言っただろう。お前が下手なことをすれば、我や魔王様に危険が及ぶと考えなかったのか?」

「も……も、ぅしわけ……」

「ああいい、喋るな」



 バルバはアネラの頭に手をかざし、魔力を集める。

 回復してくれるのだろう。そう思って目を閉じたが。



「お前が生きていると奴らに知られたら、お前が我の部下だと知られかねん。関係性を知られたくはないからな……悪いが、貴様はここまでだ」

(……ぇ?)



 直後、アネラの心臓が何かに握り潰され、血を吐いて絶命した。



「はぁ……余計なことを」



 バルバは小さく嘆息し、影に沈むようにして消えていった。

 後に残されたアネラの死体。だが、それも灰となって宙に舞った。

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