第58話 亜人の少女、恐れおののく

   ◆???◆



「やはりミオンちゃんを狙って来たか」

「そう来るとは思っていましたけど、わかりやすいですねぇ」



 港町アクレアナ。遥か上空、、

 魔法によって姿を隠しているクロアとウィエルは、ミオンが気絶させられているのを見下ろしていた。

 気絶させた魚人族──に見せ掛けている魔族は、クロアたちの視線に気付いていない。

 ミオンをローブで包み、裏路地を縫うようにして駆け出した。



「魔眼ですかね」

「恐らくな。しかもかなり練られている」



 魔眼──魔力を使用せず、限定的だが魔法を行使出来る眼。

 魔力が使われないため、魔力の揺らぎも残滓もない。そのため、魔眼の魔法を防ぐのは不可能とされる。特に魔法を使えない一般人は。

 一般人が魔眼の魔法を防ぐ方法は一つ。

 魔眼の魔法を受けても動じないフィジカルを身につけること。

 そして、魔法使いが防ぐ方法は二つ。

 一つ。常に魔法攻撃を想定し、日常的に自分に反魔法を掛け続けること。

 二つ。魔法そのものを跳ね返す圧倒的な魔力量を有すること。

 まだミオンは反魔法を覚えていない。

 つまり、現時点でミオンが魔眼の魔法を防ぐ術はない。



「どうします? 助けますか?」

「いや、大丈夫だろう」

「その心は?」

「あの程度、ミオンちゃん一人でどうにかなる」

「確かに」



 魔眼の魔法を防ぐ術はない。

 が、倒すことに掛ければ本気のミオンなら造作もないだろう。



「それに、もし何らかの手段で俺らとコンタクトを取るようなら、俺らにはミオンちゃんを本気にさせるあの言葉、、、、がある」

あれ、、ですか」

「ああ。だからあの魔族は、ミオンちゃんに任せよう」



 クロアとウィエルは、遠ざかっていくミオンと魔族を見送る。

 影も形も見えなくなったところで、二人はホテルへと戻ってきた。



「さて、水族館デートでも行きましょうか」

「いいな。たまには夫婦水入らずで」

「ふふ、楽しみです♪」



   ◆



 二日後。



「……おかしいわね」

「だから言ったじゃん」



 洞窟の奥深くで、アネラは腕を組んで岩の上に座っていた。

 その横には、体を簀巻きにされて転がっているミオンがいる。

 目が覚めてから、このアネラという魚人族魔族の魂胆を聞かされた。

 曰く、自分を人質にしてクロアを殺すつもりらしい。

 こんなことしても無駄だと再三言っているのだが、どうにも聞き入れてもらえない。

 その結果、もう二日もこの状態だ。



「だって三人の輩が絡んだ時、あの男とんでもなく激怒してたじゃない。もう一人の女は本能的にアンタッチャブルなのはわかってたから、アンタを拉致ったってのに……」

「まあ、ウィエル様のことになると怒るよ、クロア様は。私はただの弟子だからね。寧ろこれをチャンスって考えて、私一人で解決させるつもりかも」



 現にミオンの予想は当たっていた。

 だが今の二人はそのことを知らない。

 アネラは苛立たしげに、尻尾で近くの頭蓋骨を破壊した。



(チッ、忌々しい。これじゃあこいつを拉致った意味がないじゃない。……それともこの場所がわかっていないとか? ……そうね、その可能性もあるわね。ふふ、私の隠蔽が完璧だったからだから来ないのよ、きっと)



 アネラの思考が変な方向に向いた。

 それならと、アネラは洞窟に住むコウモリへと魔眼を向ける。

 と、コウモリの目が妖しく光り、羽ばたいて洞窟を飛び出していった。

 待つこと一時間弱。

 手に持っていた水晶が光り、その奥にクロアとウィエルの姿が映った。



『む。やはりあの時の魔族か』

『あらあら、よく見ると可愛らしいお顔をしていますね』

(──ぇ……?)



 何を言っているのかわからない。

 今クロアたちの元にいるのは、魔眼で操作しているコウモリだ。コウモリの目を通じて、水晶で向こうの姿は見える。

 だが向こうからこっちの姿は見えないはずだ。

 鎌をかけているのか、はったりか、ブラフか。

 どちらにせよ、向こうの策に乗る場面ではない。



「あなたの大切なお弟子さんは預かっているわ。命が惜しければ、男の方が一人でここまで来ることね」

『断る』



 …………。



「え?」

「やっぱり……」



 愕然とするアネラに、やれやれと首を横に振るミオン。

 対称的な反応だ。



『別に俺がそこに出向く必要はない。ミオン一人で、お前程度は葬れる』

「何を……! 私には魔眼がある。そしてこいつは縛られている。殺すなんて、赤子の手をひねるより簡単よ」

『そうか。……ところでミオンちゃん』



 唐突に、クロアがミオンに話を振る。

 何か嫌な予感がし、身構えると──






『明日が約束の三日だ。それまでに帰ってこなかったら、修行の密度五倍な』






 ──予想を超える最悪の答えが返ってきた。



『それじゃあな』

『ミオンちゃん、待ってますよ〜』



 ブチッ──!!

 回線が切られた音が洞窟に響く。

 いや、それだけじゃない。

 何かを引きちぎるような異様な音だ。

 アネラがゆっくりと振り向くと、そこには……。



「ごごごごごごごばばばばばばば……!?!?」



 縄を引きちぎったミオンが、全身を震わせていた。

 あれだけ頑丈に縛った縄を引きちぎるなんて、普通は身体強化魔法を掛けていても出来ない。

 つまり……。



「ごごごごご五倍は嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 紛うことなき、こいつも化け物である。

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