第52話 勇者の母、手作りプレゼントを渡す

 翌日。アルカ、サキュア、ガーノスの三人は装備を整え、港町アクレアナの門前にいた。

 ガーノスは燕尾服に細身の剣が二本。今から旅に出るとは思えない装備だ。

 逆にサキュアは、大きめの外套を着てフードを被っている。ハイエルフだというのがバレると、面倒だからだ。



「それじゃあ、俺らは行くよ」

「おう。しっかりな」

「何かあったらサキュアさんから連絡が来ますので、そのつもりで」

「お、おす……」



 この先、休まる時はないんだろうなぁ。

 そう思うアルカであった。

 サキュアとガーノスは、ナックスに近付きそれぞれ握手をする。



「パパ、行ってきます」

「ナックス様。しばしのお別れです」

「はい。お二人とも、伝説の一端になれるのです。頑張ってくださいね」



 ナックスは二人が死ぬことはないと思っているからか、不安を感じさせない微笑みを浮かべている。

 と、サキュアがクロアに近付き、そっと頭を下げた。



「クロア様、このような機会を与えて下さり、ありがとうございます」

「俺は提案しただけだ。決めたのはサキュア、お前自身だぞ」

「それでもクロア様がいなければ、提案もありませんでした」



 サキュアの言葉に、クロアは少し気恥ずかしくなって頬を掻く。本当に偶然だから、あまり感謝されると居心地が悪い。

 そんなクロアを見てウィエルがそっと微笑むと、思い出したかのように手に持っていた杖をサキュアに差し出した。

 前腕くらいの長さで、片手で振るっても問題ないくらい軽い。



「サキュアさん。私からのプレゼントです」

「ゎぁっ、綺麗な杖ですね……!」

「柄には世界樹の枝。柄頭には高純度の魔水晶。芯には炎龍の骨。表面をアダマンタイトでコーティングしています。魔力伝導がよい素材のみを使用して作りましたので、効率よく魔法が使えると思いますよ」

「へぇっ、せかいじゅ……え?」



 思わず聞き返してしまった。

 今、とんでもない言葉が聞こえた気がしたから。



「はい、世界樹です。それに魔水晶、炎龍の骨、アダマンタイトですね」

「全部伝説級じゃないですか!?」

「本当は竜王の骨を使いたかったんですけど、生憎手持ちになくて」

「手持ち!? 手持ちって言いました今!?」



 一つ一つが、貴族が全財産を出しても手に入らないほど超希少なものだ。

 そんなものをふんだんに使った杖なんて、この世に二つとないだろう。

 それなのにウィエルは満足していないみたいだ。

 改めて、クロアの奥さんなんだと実感させられた瞬間だった。

 と、そんなサキュアを羨ましそうに見つめるミオン。

 それを目敏く見付けたクロアは、頭を優しく撫でた。



「安心しろ、ミオンちゃん。ミオンちゃんには、俺がいいものを用意してやるから」

「ほ、本当ですかっ?」

「ただ、もう少し体の鍛錬と魔法の修行をしてからな」

「は、はい! 頑張ります!!」



 ふんすふんすと、ミオンは気合いを入れる。

 わかりやすく元気になったミオンを見て、クロアは微笑んだ。



「ま、最低でも水上歩行が出来るようになったらだな」

「うっ。頑張ります……」



 例の水上歩行の修行を思い出し、つい顔が引き攣ってしまう。

 だけどそれくらい、あれはキツい。


 別れの挨拶を済ませた三人は、門を出て振り向かずに真っ直ぐ歩いていった。

 これから三人を待ち受ける試練。それはまだ、誰も知らない。



   ◆



「さて、私たちはいつ出発します?」



 三人を見送り、ナックスと別れたクロアたち。

 ホテルに戻ると、ゆったりとソファーにくつろいでいた。



「まだしばらくはここにいる。次の目的地はサザランド。海を越えるからな」

「サザランド……船で半月かかる、砂漠の都ですね。ということは、船を待つのでしょうか?」



 ミオンがココアを飲みながら疑問を口にする。

 海を越える。ということは、船を使うということだ。

 が、あるいは──



「いや、歩くぞ。何のために修行してると思ってる」



 ──想定しうる中で、最悪の答えが返ってきた。



「…………」

「耳を塞いでも無駄だぞ」

「いやですー! いやでーす!!」

「駄々を捏ねても駄目」



 クロアは頑として譲らない。

 それもそうだ。自分は弟子だから、クロアに意見なんて出来るはずがない。

 それにウィエルもニコニコ笑って反論しないのを見るに、間違いなく賛同しているということだろう。

 ミオンはこの先の地獄を予感し、少ししょっぱくなったココアを飲み干した。

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