第53話 勇者の父一行、混浴風呂に入る
港町アクレアナに滞在して一週間が過ぎた。
朝から海に行き、帰るのは日暮れ。ずっとずっと、水上歩行の修行をする日々。
ミオンの精神はある意味すり減っていた。
「……あしょびたぃ……」
ミオンも遊び盛りのお年頃だ。
目の前に海が広がっていて、傍には遊んでいるカップルや家族連れがいる。
そんな状態で脇目も振らず修行をするのは、精神的に参る。
だからといって、今更海で遊ぶのはトラウマ的な問題で体が拒否してしまう。
今もミオンは、布団にくるまってさめざめと泣いていた。
「ふむ……どうする?」
「無理やり連れていくことも出来ますが、少し可哀想ですし……思い切って、二日くらい休みにしちゃいましょうか」
「お休み!!!!」
休みという言葉に耳ざとく反応したミオンが、顔を輝かせて飛び起きた。
現金なものだと、クロアは苦笑いを浮かべる。
「どうします? 海で泳ぎますか?」
「さ、流石に海は……他に名所があれば、そこに行ってみたいんですけど」
「色々ありますよ。アクアミュージアムに、アクアリゾート。水族館もありますし、漁港もあります」
水関連すぎでは。
心で思っても言葉には出来ないミオンだった。
それを察したのか、クロアが顎を撫でる。
「そうだな……あ、そういえばこのホテルの屋上に温泉があったな」
「温泉、ですか?」
「うむ。地下深くから温泉を汲み上げてるんだ。修行とばたばたで行けてなかったが、行ってみるか?」
「い、行きたいです!」
冷たい海水は飽き飽きしているが、温泉は別だ。
久々にテンションが上がり、ミオンは嬉しそうにお風呂セットを用意する。
「ミオンちゃん、水着も持って行ってな」
「水着もですか?」
「男女分かれる温泉もあるが、水着着用で混浴にも入れるんだ。せっかくならいいだろう」
「混浴……」
ふと、クロアと一緒に入る姿を想像してしまった。
何故か全裸で。
「え、えっち! えっちです!」
「は?」
「ウィエル様というものがありながら、えちちすぎますっ、クロア様!」
「待て、なんのことだ?」
「そ、そんなっ、こここここ混浴だなんてっ……!」
「水着着用って言ったよね? 言ったよね俺?」
「そそそそんなに私の水着姿が見たいんですか……!」
「海で散々見たんだが……」
「ぁぅぁぅぁぅぁぅ……!?」
目がぐるぐるして顔が真っ赤になっている。
疲れ+謎のハイテンションで脳が狂ってるようだ。
そっと嘆息するクロア。が、唐突に背中に冷たいものを感じた。
「ふーーーーーん……やっぱりあなたも、若い子の方が好きなんですかぁ。ふーーーーーーん……」
「待てウィエル。俺は被害者だ」
「私にはもう若さはないですからねぇ〜。若い肉体がいいんですねぇ〜。へぇ〜〜〜〜〜〜〜〜」
ずっとニヤニヤしているウィエルを見て気付いた。
これ、からかっているだけだ。
「やめてくれ、本当に。心臓に悪いから」
「ふふ、ごめんなさい。こんなに動揺するあなたも珍しかったから、つい」
確かに。自分でも思うが、ここまで動揺することはない。
クロアを動揺させるミオン。ある意味で強者である。
「はいはい、ミオンちゃん。えっちな妄想に耽るのもいいですけど、まずは準備しましょうね」
「し、してないですしっ! してないですしぃ!」
頑張って否定するが、顔は真っ赤である。
ウィエルと共に部屋の奥に消えていくミオンを見て、クロアはそっと目を逸らした。
◆
準備を終え、先に混浴温泉に入ったクロア。
流石に混浴だからブーメランパンツではなく、サーフパンツだ。
しかし筋骨隆々すぎて、ぱつぱつに張っている。
二メートルの巨体かつ筋肉オバケが入って来たからか、混浴風呂にいる面々はザワついた。
「うわ、すげぇ……」
「見て見て。あの人ムキムキよ」
「しかもカッコイイ……!」
「俺も鍛えようかな……」
「とんでもないな、あの筋肉」
注目されることに慣れているからか、クロアは平然とした顔で体を洗う。
と、その時。またも風呂場がザワついた。
「……天使……」
「いや、女神だろう……」
「美しすぎる」
「何よ、あの美しさ」
「同性でもドキドキしちゃうわ」
クロアも視線を向ける。
案の定、ウィエルとミオンだった。
清純な純白の三角ビキニを着ているウィエル。
大胆な黒のクロスビキニを着ているミオン。
視線を集めるには十分な破壊力だった。
「あなた、お待たせしました」
「お、お待たせしましたっ」
「いや、俺もさっき来たところだ。早く体洗って、風呂に浸かろう」
「では、お背中お流しします」
「私もお手伝いしますっ!」
二人はクロアの背後に立つと、泡立てた石鹸を手で掬って背中を摩る。
四つの手でも余りある程、クロアの背中は大きい。
そんな姿を見て、混浴風呂にいる人たちは納得の顔をした。
「やっぱりあの人たちは知り合いなんだな」
「まあ、そうだろうと思ったさ。……くそ、羨ましいっ」
「涙拭けよ」
「絵になる三人ですね……」
そんな声が聞こえてくる。
だけど三人は、周りからの視線と言葉は気にせず、三人だけの世界に没頭した。
「クロア様、さっきは気が動転してしまいすみません……」
「気にすることはない。ミオンちゃんもお年頃だからな」
「そんな風に納得されると、それはそれで複雑な気持ちなんですが」
羞恥心で逃げ出してしまいそうになる。
クロアの背中や腕を洗うと、ウィエルとミオンの二人はそれぞれ交互に洗い合う。
三人の体が綺麗になったところで、湯船に浸かった。
「あ、ちょっと温いんですね」
「温泉というより、温水プールみたいだな」
「いいではないですか。ゆったり浸かれて」
三人は並んで、青空と青い海を見渡す。
とんでもないロケーションだ。ここにいるだけで、日頃の疲れが取れる。
「あ、そういやここ、湯に浸かりながら飲み物も飲めるんだったな。零しても魔法で浄化するとかなんとか……何か飲むか?」
「ではシャンパンを」
「私も同じのをお願いしてもいいですか?」
「また酒か……ああ、わかった」
クロアは湯から上がり、バーの方へ向かう。
それを見送ると、ウィエルがミオンに近付いた。
「いいですね、たまにはこういうのも」
「そうですねぇ。溶けちゃいそうです」
「ふふ。わかります」
ふにゃふにゃになるミオンを見て、ウィエルも笑みをこぼす。
すると、不意に騒がしい声が入口から聞こえた。
「うはっ! すげえ!」
「ぎゃはは! そりゃこんだけたけーんだから、当たり前だろ!」
「しかも混浴とか最高だな! どれどれ、いい女は……おっ♪」
軽薄そうな三人がウィエルとミオンに目を付ける。
三人はニヤニヤ顔で二人に近付いていった。
この二人に手を出せば、地獄が待っているとも知らずに。
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