第49話 勇者の父、提案する

   ◆



「それじゃあ今日はここで。悪かったな、突然押し掛けて」

「いえ。先生でしたらいつでも大歓迎ですよ」



 たっぷり冒険譚を話し終えたクロアは、ナックスたちに挨拶をして娼館を後にする。

 クロアの後ろ姿が消えるまで、サキュアは眩しいものを見る目で見つめる。

 そんなサキュアを見て、ガーノスがナックスへと声をかけた。



「ナックス様」

「……はい、わかっています」



 サキュアがクロアの話を聞いている時の顔。

 世界に思いを馳せるような輝いた瞳。

 絶対に自分のものにならない……でも諦められない男への想い。

 その胸中は容易に察せる。

 ナックスは半ば覚悟を決め、サキュアへと近付いた。



「サキュア。もしあなたが良ければ──」

「さて、そろそろお店を開く時間ですね! パパ、ガーノスさん、もうお客様が来ますよっ。沢山お話を聞いてしまって、時間もありません。ばりばり働きますよー!」



 だが一転して、サキュアは満面の笑みで振り返る。

 世界に憧れるのは終わり。

 届かない背中に手を伸ばすのは終わり。

 今日からまた、いつも通りの日常へ戻る。

 何人もの人間を見てきたナックスは、満面の笑みの裏に諦めの色を見た。

 自分の内心が見透かされていると感じたのか、サキュアは足早に店へ入ろうとする。



「サキュア、あなたはそれでいいんですか?」



 ナックスの言葉に、サキュアの長い耳がぴくりと動いて立ち止まった。

 僅かに肩が震えている。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 しかし振り返ったサキュアは、そんな辛さを感じさせない笑顔を見せた。



「なんのことですか?」

「……いえ、なんでもありません」

「そう? じゃあお仕事に戻りますねっ」



 まるで草原を歩く令嬢のように、軽やかな足取りで店の中へ消えていく。

 ナックスとガーノスは、揃ってため息をついた。



「あの笑顔の見せ方は、うちの女性スタッフに習ったのですかね」

「わかりかねます」

「心の内を隠す笑顔。無数の娼婦を見てきた私たちに隠せるはずもないのに……ガーノス、すみませんが後を頼みます」

「かしこまりました」



 ナックスは通りを早歩きで進む。

 すると、通りを抜けたすぐそこにクロアが待っていた。

 ナックスが追いかけてくるとわかっていたかのように、壁に寄りかかっている。



「やっぱり来たな」

「先生には敵いませんね。……サキュアのことで、相談があります」

「サキュアを旅に連れて行ってほしいってことだろう。断る」

「いや話だけでも聞いてくださいよ」



 まさかの先読みされた上に断られた。



「確かに、サキュアの反応やナックスの表情を見て、サキュアが世界に憧れを抱いているのは察した。だがここにサキュアではなく、お前が来た時点でサキュアは行かないと判断したんだろう。それなのに、サキュアの意志を尊重せず連れていくことは出来ない」

「それは……そう、ですが……」



 クロアの言葉は尤もだった。

 しかし、サキュアはもう二十年近くこの街に閉じ込めてしまった。

 自由もなく、勉強と仕事に追われる日々。

 世界を見て欲しいという親心は、当然だろう。



「……どうしても連れて行って欲しいのか?」

「…………」

「……ナックス、ついてこい」

「え? は、はい」



 クロアに促されて追い掛ける。

 通りを抜け、港町アクレアナの門をくぐり、山の頂上へとやって来た。



「先生……?」

「ナックス、俺に攻撃してこい」

「……それは、先生を倒したらサキュアを連れて行ってもらえるということですか?」



 余りにも絶望だろう。これを絶望と言わずなんと言えばいいのか。

 だがクロアは苦笑いを浮かべ、首を横に振った。



「それは不可能だ。単に、真っ直ぐ打ち込んでくればいい。サキュアのことも考えず、俺の安全も考えず、ただ純粋に殴る。それだけだ」

「……わかりました」



 ナックスは目の色を変え、右脚を引いて半身になる。

 ナックスの身に内包されていた闘気が噴き出し、木々は軋み、枝や草花を大きく揺らす。

 刹那。ナックスの体が消え、クロアの眼前に肉薄していた。



「シッ──!!」



 超至近距離から放たれる拳が、正確にクロアの鳩尾を打ち抜いた。


 直後──ナックスが幻視したのは、山を遥かに超えるほどの巨人だった。


 高密度。

 高強度。

 高硬度。

 高性能。

 拳から伝わる無数のイメージが、改めて自分とクロアの力の差を思わせた。



「はは……流石先生ですね。こんなの、世界がひっくり返っても敵いません」

「どうだろうな。今の拳、中々よかったぞ」

「ありがとうございます」



 ナックスは納得いっていないが、クロアの言葉は心の底から出たものだ。

 もし一瞬でも筋肉を弛緩させていたら、ナックスの拳はクロアを穿いていただろう。



「ところで、何故このようなことを?」

「うむ。お前の今の実力と、サキュアの力を知りたくてな。サキュアは、今のナックスからしたらどれくらいの強さだ?」

「……私の本気の、七割くらいでしょうか。ですがあの子は才能の塊です。このまま修行を積めば、私より強くなりますよ」



 ナックスの言葉に、クロアは思案する。

 もしその話が本当なら、サキュアの才能は世界でも有数だろう。

 それなら……。



「……ナックス、提案がある」

「伺いましょう」



 クロアは今想定していること、サキュアのことを含めてある提案をする。

 ナックスは一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに顔を引き締めた。



「それは……サキュアに聞かなければ、なんというか……」

「わかっている。三日後に答えをくれたらいい」

「……わかりました。それでは、三日後に先生の泊まられているホテルへ行きます」



 ナックスは頭を下げると、足早にアクレアナへと戻って行った。

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