第50話 勇者、仲間が出来る

   ◆



 三日後。

 クロアたちの泊まるホテルの部屋に、三つの人影があった。

 ナックス、サキュア、ガーノスである。

 流石に超高級スイートルームには来たことがないのか、どこかソワソワしているサキュア。

 ナックスとガーノスは大人の余裕を見せている。



「ナックス、ガーノスさん。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「奥方様、お久しゅうございます」

「ウィエル先生もお元気そうで」



 ウィエルは、ナックスたちと久しぶりの再会を喜んでいる。

 そんな中、新参者のミオンだけが所在なさげに佇んでいた。

 どうすればいいかわからず立っているミオン。と、サキュアがミオンに近付き、そっとお辞儀をした。

 余りにも優雅なお辞儀に、つい見蕩れてしまう。



「失礼。よろしいですか?」

「ひゃいっ。なななっ、なんでしょぅ……!?」

「ふふ、そんなに緊張なさらないでください。クロア様からお聞きしたところ、殆ど同い歳なのですから」



 無理だ。緊張するなという方が無理だ。

 同い歳とは思えない美貌に、洗練された所作。しかも超が付くほどの希少種であるハイエルフ。

 自分とは何もかもが違う。そう思わずにはいられない。



「私、ハイエルフのサキュアと申します。あなたは?」

「は、はひっ! 兎人族のミオンでしゅっ……!」

「それでは、ミオン様とお呼びしますね。私のことは、どうぞサキュアとお呼びください」

「そんな、わわわわ私の方こそっ、ミオンって呼んでください……!」

「……それではお互い気兼ねなくいきましょう。ミオン、よろしくお願いしますね」

「ぅ……うん。よろしくっ」



 サキュアから差し出された手を、ミオンは満面の笑みで握る。新しい友人が出来て嬉しそうだ。

 たが、実はこのサキュア。同い歳の友人はいたことがなかった。

 娼館に来る客とは、どこまで行っても客と店員。女性スタッフとも少し距離を感じる。

 一見、友達が出来てミオンの方が嬉しそうだが、内心はサキュアの方が小躍りするレベルで喜んでいる。

 その証拠に耳がほんのり赤くなり、ぴくぴくと動いているのをクロアは見逃さなかった。

 大体の挨拶が済んだところで、クロアが口を開く。



「サキュア。ここに来たということは、納得の上ということでいいんだな?」

「あ、はい。全て父から聞きました」



 覚悟は出来ているのか、サキュアは顔を引き締めて頷いた。

 ナックスも同様だ。ガーノスだけ、いつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべている。



「悪いな。でもこんなこと、サキュアにしか頼めないんだ」

「いえ。むしろ嬉しいです。私が世界を救う一端になれるのなら、これ程の大冒険もないでしょう」



 サキュアはふんすっと鼻息荒く気合を入れる。

 どうやら、本当に楽しみで仕方ないみたいだ。

 が、ナックスは少し申し訳なさそうな顔でサキュアの頭を撫でた。



「すみません、サキュア。本当なら先生たちについて行きたいところを……」

「そ、そんなっ。なななな何を言ってるんですかパパ! わ、私は世界を見て回って、魔王軍に苦しめられている人たちを救いたいんですっ。その為に行くんですから……!」



 とか言いつつ、クロアをチラチラ見て少し残念そうにしている。

 その仕草にウィエルとミオンは色々と察したが、クロアは首を傾げた。


 と、その時──扉が大きく開き、誰かが飛び込むようにして部屋に入ってきた。

 汗まみれ、泥まみれのアルカである。



「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ……! と、父さっ、げほっ!」

「何を急いでるんだ、お前は」

「三日でアクレアナまで来いって言ったの父さんだろ!? めちゃめちゃ急いだんだからな!?」

「これも修行だ。助けを求められたら、どこへでも走っていく。救世とはそういうものだ」

「無茶が過ぎる……!」



 わかっていたとは言え、いつも要望が無謀過ぎると思うアルカだった。



「む? アルカ、前に一緒にいた三人はどこだ? 全員で来いと伝言したろう」

「ぁ……えっと……正直に言うと、父さんとドドレアルの戦いを見て怖気づいたというか……」

「逃げ出したか」

「逃げたと言うより、辞退した感じ……かな」



 だがアルカも、三人の気持ちはわかる。自分だって勇者という役目がなければ、クロアとドドレアルの戦いを見て逃げ出していただろう。

 あんな戦いを見て、その中に身を投じる勇気なんて、そうそう持ち合わせていない。

 国王アーシュタルも、心が折れた者を戦場に送り出すほど鬼じゃない。

 クロアは怒るだろうか。

 しかし恐怖が勝ち、顔を上げることが出来ない。

 しばらく、場に沈黙が訪れる。

 すると、クロアは小さく嘆息した。



「仕方ない。では、新しい仲間を紹介する」

「……え、仲間?」



 思わぬ言葉に、アルカは目を白黒させる。

 首を傾げて部屋を見渡すと、見知らぬ女性がいることに気付いた。



「彼女はサキュア。俺の孫弟子だ」

「サキュアです。アルカ様、ここからは私も旅に同行させて頂きます」

「…………」



 話が唐突すぎてついていけない。何がどういうことだろう。

 勿論、仲間が出来るのは心強い。

 だがそれが女性となると、少し……いや、大分躊躇する。

 あんな事があったから、出来れば女性の仲間は遠慮したいというのが本音だ。



「お前の不安もわかる。安心しろ、俺の戦友であるガーノスもついて行くことになった」

「ガーノスです、アルカ様。随分と成長されましたな。最後に会ったのは生まれてすぐ……私のことなど覚えていないと思いますが」



 今度は初老の男性が前に出た。

 確かに、これで女性との二人旅ということはなくなった。

 が、それとは別の不安が脳裏を過ぎった。



「えっ、と……父さんの戦友って……え?」

「文字通りだ」

「懐かしいですね。と言っても、私はクロア様の右腕として仕えていただけですが」

「謙遜するな。単騎で魔王軍五千の大軍と渡り合っていただろう」



 不安が的中した。化け物だった。

 サキュアとガーノスがアルカと話しているのを見ていると、ナックスがクロアに近付いた。



「ナックス、本当にすまない」

「いえ、大丈夫です。娼館の方は別の人間を雇うことにしますから。……ですが、先生も人が悪いですね。ハイエルフは魔法が堪能。そして魔法使い同士は、どれだけ離れていても魔法で会話が出来る。もしアルカ君が何かしでかした場合、サキュアを通してウィエル先生へと連絡が行く……そういうことですよね」

「相変わらず、頭が回るな」



 そう、サキュアはアルカの監視も兼ねている。

 あれだけお灸を据えたから心配はないと思うが、念には念を入れて、だ。

 それに老いたとは言え、ガーノスの実力はクロアの折り紙付き。問題は無い。



「本当なら、先生に連れて行って欲しかったのですがね。そうすればガーノスも行くことはなかったですし」

「だから悪かったって。これ以上人数が増えると、こっちも動きづらくなるんだから。……それにお前が認めるだけの才能がある子なら、俺らの旅より魔王討伐の旅に同行させた方が、未来に繋がるだろう」

「未来……そうですね。もう僕らの時代は終わり、次代に繋げる時なのかもしれませんね」



 いつまでも、自分たちが最強の時代は続かない。

 なら次に繋げることも、今を生きる者の役目だろう。

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