第48話 勇者の父、弟子に会う
と、そこに。扉がノックされ、サキュアが扉を開けた。
そこにいたのは眼鏡を掛けた男だ。少しだけシワが目立ってきているが、十分若者だと言える。
傍らには微笑みを絶やさないガーノスが控えている。
「クロア先生!」
「やあ、ナックス」
眼鏡の男──ナックスが、クロアを見て嬉しそうな笑みを浮かべて足早に近付いた。
そんなナックスを見て、クロアも笑みを浮かべ抱き締め合った。
「クロア先生、お久しぶりです」
「ああ、本当に久しぶりだな。あれから、鍛錬も怠っていないみたいだ」
「はい。先生の言いつけを守り、サキュアと共に毎日稽古は続けています」
抱き締めた感覚でわかった。
ナックスは一見細身で弱々しい印象を受ける。
だがその体は、無駄を一切省いた良質な筋肉で覆われている。
「お前は俺の弟子の中でも一番真面目だったからなぁ。嬉しい限りだ」
「そんな、僕なんてまだまだです。今抱き締めた感覚でわかりました。僕はまだ先生の足元にもいないと。なので、もっと頑張ります」
ナックスは目に炎を灯してふんすっと息巻く。
この癖は昔と変わらない。少し懐かしく思い、クロアも頷いた
「しかし納得がいった。貴族のぼんくらどもがこの店に刺客を差し向けない理由が」
クロアの言いつけを守って鍛錬しているナックスがいれば、貴族も容易に手は出せない。出すのは余程の愚か者か、勇猛と蛮勇をはき違えている馬鹿だろう。
それに話を聞く限り、サキュアもナックスとともに鍛錬しているみたいだ。
ということは、サキュアの実力も相当のものということだ。
「ところで先生。今日はどのようなご用件で?」
「弟子の顔を見に来たのと、ちょっと聞きたいことがあってな」
「珍しいですね。先生が僕を頼るなんて」
「俺にもわからないことや、出来ないことはある」
クロアとナックスが対面に座り、サキュアが隣に座る。
ガーノスは仕事に戻り、部屋にはいない。
「ナックス。娼婦というのは、どうやって雇っている?」
「え? ……あぁ、はい。他の店はわかりませんが、うちは募集を掛けています。見目麗しい容姿に加え、ある程度の教養がある女性を採用しております」
「他の店は?」
「……あまり声を大にして言えませんが、身寄りのない女性を攫うか……奴隷を買うところも少なくないようです」
ナックスの言葉に、サキュアも悲しそうな顔を浮かべる。
人身売買はこの国では厳禁だ。国から御触れも出ているし、法を犯すものは少ない。
だが少ないというだけで、ゼロではない。
以前、奴隷商を潰した時に捕らえた貴族もそうだが、一定数まだ奴隷を売り買いしている層は存在するのだ。
「奴隷を使っている店はわかるか?」
「そこまでは……奴隷を使う店は、カモフラージュに普通の女性も雇っているらしいですから」
「そうか……」
もしかしたら奴隷商に通じる何かが得られると思ったが、そう上手くはいかないみたいだ。
そっと嘆息して、お茶を煽る。
「先生、何故奴隷のことを調べているんですか?」
「ああ。今弟子にしている兎人族の女の子がいるんだが……」
これまでの経緯を大雑把に説明する。
ミオンの村が山賊に襲われたこと。
山賊を通じて、奴隷商のアジトを突き止めたこと。
奴隷商を潰したこと。
説明すると、ナックスは納得したように頷いた。
「なるほど。そういうことですか」
「奴隷商は一つじゃないだろう。絶対別の商会があるはずだ。それを全て潰さないと、この先も不幸になる人が増えるからな。アプーのガルド卿も調査を進めてくれているが、これといった進展はないらしい」
「……わかりました。僕の方でも調べてみます」
「助かる。悪いな、店の経営で忙しいだろうに」
「いえ、先生の頼みでしたら、他の全てを投げうってでもやり遂げます。命に懸けて」
「重い」
流石の重さに、クロアも引いた。
何故か燃えているナックスにドン引いてると、クロアの服の袖がそっと引っ張られた。
いつの間にか近付いていたサキュアが、目をキラキラさせてクロアを見上げている。
「く、クロア様。今のお話、もっと詳しく聞かせてくださいっ」
「え?」
「私、冒険譚が大好きなんです……! ずっとこのお店にいますし、この街から出たこともほとんどなくて……なので、クロア様がこれまで体験していたお話を沢山お聞きしたいのです」
期待の籠った目でクロアを見つめる。
ハイエルフは存在が希少だ。そんな彼女が街を歩けば、それだけで注目が集まるだろう。街をほとんど出たことがないというのも納得だ。
クロアはナックスに視線を向けると、ナックスは微笑みを絶やさずそっと頷いた。
「……可愛い孫弟子の頼みだ。この世界には、月を飲み込むと言われる狼がいてな」
「お、狼さんですか……!?」
クロアが話し始めると、サキュアはどきどきを隠せない様子で真剣に聞く。
そんな様子を見て、ナックスが何か黙考しているのを、クロアは見逃さなかった。
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