第38話 国王、告げる
久しぶりに会ったクロアとウィエルを見て、ずっとテンションが上がりっぱなしのコルト。
流石に話が進まないと思ったのか、アーシュタルはこほんと咳払いした。
「よいか?」
「あっ……! す、すみません、陛下」
テンションが上がったのが恥ずかしかったのか、コルトの顔は真っ赤だ。
アーシュタルも苦笑いだが、直ぐに緩んだ顔を引き締めた。
「今日の要件は二つ。まず勇者アルカ殿のことだ」
「……勇者殿の?」
コルトも顔を顔を引き締め、四人をソファーに勧めた。
待機している騎士がお茶を入れている間、アーシュタルが現状のアルカについて説明する。
最初は真顔で聞いていたコルトも、話を聞くにつれて顔色が青ざめていく。
アーシュタルの説明が終わり、場に重い空気が流れた。
コルトも、アルカがクロアの息子だということは聞いていた。
だからこそ自分が面倒を見たかったのだが、如何せん騎士団長として激務に追われる日々。だからこそ信頼する副団長、ベレッタに任せたのだが。
「まさかあいつが、淫魔の魔法に操られるとは……」
誇り高き騎士道に身を置く者として、そんなことはあってはならない。
いくら相手が魔王軍幹部と言えど、絶対に。
「兄ちゃん、姉さん……いや、クロアさん、ウィエルさん。この度は本当に申し訳ありません」
なら自分に出来ることは、精一杯の土下座だった。
流石に一国の王子が土下座なんて許されない。クロアとウィエルは慌てて立ち上がり、コルトの肩を掴んで頭を上げさせた。
「や、やめてくれコルト。王子たるお前が、一介の村人にそんな簡単に頭を下げるな……!」
「そうですよ。コルト君が気にすることありません」
「しかし、勇者殿は人類の希望。更には昔お世話になった恩人のご子息。それを預かる身でありながら、このような不始末。どのように詫びれば……!」
コルトの胸の中は羞恥と申し訳なさでいっぱいだ。
もし自分の身がもっと自由であれば、自分がアルカの面倒を見ていただろう。
嘆いても嘆ききれない。悔いても悔やみきれない。
そんなコルトの前に、アーシュタルが跪いた。
「コルトよ、顔を上げよ」
「陛下……この度の非は、全て私のせいです。責任を取って……」
「いや、いい。過ぎたことをどれだけ悔いてもキリがない。時が戻らない以上、過去を振り返っても過去は変わらん。だが現状を少し変えれば、自ずと未来は変わる」
「……ハッ」
アーシュタルの言う通り、今更過去は変えられない。
なら、次はどうするか、だ。
「アルカ殿は既に罰を受けている。クロアの恐怖も再確認したようだし、同じような間違いは起きないだろう。騎士団はそれを全力でサポートするのだ。よいな?」
「ハッ!」
頭の中で訓練内容や管理方法をシミュレートしていると、アーシュタルが「ところで」と話を変えた。
「要件の二つ目だが、私は近々引退する」
「はぁ、いんたい……え?」
いんたい、インタイ、いんたい……?
言葉の意味がわからずフリーズしてしまった。
呆然としたまま、コルトはアーシュタルの言葉を聞く。
「文字通り王位を退く、という意味だ」
「そんな! まだお元気ではないですか!」
「私も歳には勝てん。それに元気なうちに、次の王を育てなければならんからな」
コルトを立たせ、アーシュタルの目が真っ直ぐに向けられる。
何となく察しはついている。
だが、どうしても受け入れ難い。
「そしてその座には、コルトに継いでもらおうと考えている」
「……そう、ですか……」
「何を惚けている。この国の王位継承権第一位はお前だ。わかっていたことだろう」
「そ、そうですが、私は剣を振るうことしか脳のない男ですよ?」
「私も昔はそうだった。地位は人を作るというだろう。それに最初は私も付いている。安心しろ」
「安心しろって……」
いくらなんでも唐突すぎる。覚悟も何も出来ていないし、今は魔王軍との戦闘も各地で激化している。
あまりにも時間がないのに、この状況で王位に就いていいものなのだろうか。
「何、今すぐという訳ではない。お前も次期騎士団長への引き継ぎ等があるだろうからな。私もまだ動ける。一、二年を目処と考えて欲しい」
「……承知しました、陛下」
いつまでも子供みたいにうだうだ言っていられない。
いつかは来るとわかっていた。なら後は覚悟を決めるだけだ。
内心鼻息荒く息巻いていると、クロアがコルトの頭を撫でた。
「コルト、何かあれば俺らを頼ってくれていいからな。荒事だけは得意だ」
「自信満々に言うことじゃありませんよ、あなた。まあ、可愛い弟分の頼みでは、やぶさかでもないです」
「……はは。うん、ありがとう兄ちゃん、姉さん」
そんな三人を、アーシュタルは微笑ましく見つめる。
が、ミオンだけが戦慄していた。
(気付いているのでしょうか……今コルト様は、最強の懐刀を手にしたことを)
アルカと話していたことが聞こえていたが、クロアは魔王を一度殺したことのある村人。
ウィエルも魔法の腕にかけては世界最強だろう。
そしてコルト本人も、王国最強と呼ばれる騎士。
(更生したアルカさんもいるし、今は魔王という人類共通の敵がいるとはいえ、もし将来的に国家間の戦争が起こったら……この国に手出しするのは、命取りでしょうねぇ……)
だが、ミオンも気付いてはいなかった。
そんな化け物の弟子として育てられている、自分のことを。
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