第36話 国王、進退を考える/勇者、地獄を味わう

   ◆アルバート王国・王城◆



「そうか。やはりリリックは魔族だったのだな」



 クロア、ウィエル、ミオンの三人は先に王城に戻り、事の顛末を説明した。

 アーシュタルはここ数日で随分と老け込んだように見える。相当心労が溜まっているんだろう。


 因みに南方本部の方は、アルカたちに丸投げして来た。

 元々名誉や栄光のためにやったことではないし、持ち上げられても面倒なだけだから。



「やはりということは、察していらしたんですね」

「察したというより、あれから熟考してな。勇者の弱体化を狙うのは魔王以外有り得ぬと思ったのだ」



 確かにその通りだ。人間の中で勇者の足を引っ張ろうと考える者がいたら、それは人類に対する謀反と言っていい。

 ゼロではないが、そう考えるより魔王の手下と考える方が現実的だ。



「だが問題は、まだこの城に魔王の手先がいる可能性があることだ。今は全員自室謹慎にして騎士が見張っている。ウィエル、すまないが確認を頼めるか?」

「はい。ですが心配はいらないかと」

「……何故だ?」

「リリック……リリスの魔法の腕はピカイチです。ですが既に自分自身に完璧な偽装魔法を施し、更にアルカを陥れるために催眠魔法まで使っていました。その上で他の魔族に偽装魔法を使うキャパシティは残っていないはずです。それにリリスも死んだことですし、もし他に魔族が入り込んでいたなら魔法は解けているはずですので」



 ウィエルの言葉に、アーシュタルは黙考する。

 魔法に関してはアーシュタルも素人同然だ。知識だけは持っているが、所詮知識に過ぎない。

 それにウィエルは、アーシュタルが最も信頼する者の一人。こんなことで嘘はつかないだろう。



「……わかった。だが確認だけ頼む」

「お任せ下さい」



 ウィエルは傍にいたメイドと騎士と共に、謁見の間を出ていく。



「ミオンちゃんもついて行くといい。ウィエルの魔法の腕をしっかりと見てくるんだ」

「わかりました、クロア様。それでは陛下、失礼致します」



 ミオンも急いで後について行くと、謁見の間にはクロアとアーシュタルだけが残された。

 気を張っていたアーシュタルは、深くため息をついて頭を抱える。



「お疲れですね」

「ああ。まともに寝れていなくてな……」

「心中お察しします」



 リリスの魔法は、並の人間では看破できない。

 そもそも魔法に対しての対抗手段は魔法のみだ。……一部、クロアという例外を除いて。

 だからアーシュタルが見抜けなかったのも仕方ないのだが、本人は納得していないみたいだ。



「やはり歳には勝てん。そろそろ進退を考えるべきかもしれんな」

「滅多なことを仰らないでください。この国をここまで発展させてきたのは、陛下ではないですか。陛下にはまだまだ民を導いて頂かねば」

「はは。元気なうちに次の王を育てるのも、現国王たる私の役目よ」



 どうやら本当に引退を考えているみたいだ。目を見ればわかる。

 なら、これ以上何かを言うのは野暮というものだ。



「では、次期国王は……」

「うむ。順当に行けばコルトだな。奴は第一王子。騎士団長も勤めていて人望が厚い」



 コルト・メザイア。メザイア家の長男で、第一王子。文字通り王位継承権第一位だ。



「ですが、コルト様は……」

「アルカ殿の件で不安が残るか?」



 アーシュタルの言葉に、クロアはゆっくり頷く。

 アルカの訓練は騎士団に一任されている。そのトップということは、アルカに少なからず関わりがあるということ。

 訓練の内容は聞いていないが、今のアルカの弱さ、、は騎士団長も関わっていると思っていい。



「不安も尤もだが、心配はない。訓練の担当は副騎士団長のベレッタだ。コルトは魔王軍と対抗するために、騎士団全体の管理をしている。アルカ殿一人の相手をしている時間はないのだ」

「なるほど。……ところでベレッタという名前からして、もしや……」

「うむ。……女性だ」



 クロアは深くため息をつき、天を仰いだ。



   ◆王城・騎士団訓練所◆



 一週間後。騎士団訓練所にて。

 アルカはミノムシにされて天井から吊るされていた。

 それを下から睨みつける、副騎士団長ベレッタ率いる女騎士。それとウィエルによって疑いの晴れた侍女たち。

 更に王都の女性や、近隣の村娘や町娘もいる。

 一体どれ程の規模になるのやら。


 それを遠くから見ているクロア、ウィエル、ミオン。

 クロアとウィエルは呆れた顔だが、ミオンは怯えてクロアの後ろに隠れている。



「す、すごい数ですね……」

「冷静に考えると三年間……千日って相当長いからな。むしろ少ない方だろう」

「把握した人は私の魔法で連れてきましたが、もっといそうですよね」



 頭が痛くなってきた。

 一人一発のビンタで終われば御の字。まあ絶対終わらないと思うが。

 アルカを睨みつける集団の中から、一人の女の子が前に出る。


 アルカの幼馴染みで許嫁のサーヤだ。



「アルカ」

「さ、サーヤ……俺……へぶっ!?」



 無言のフルスイングビンタ。

 更に一発。また一発。

 数十発のビンタを、無言でただひたすらに見舞う。



「フゥッ、フゥッ! ……疲れたからまたあとでビンタに来るわ。他の皆さんから、たーーーーーーーーーーーーっっっくさん、お灸を据えてもらうことね。ふんっ」

「ぁ……ぁぇ……」



 サーヤが後ろに下がると、別の人が前に出てビンタを食らわす。

 数百人の女性からの、怒りに満ちた無数のビンタ。しかも一回ではなく、ほとんど全員並び直している。


 優しく言って、絶望的だ。



「アルカさん、死んじゃうんじゃないですか?」

「死にはしないだろう。勇者の力で自己再生するだろうから。ただまあ、死んだ方がマシってほど地獄だろうな」



 クロアの言う通り、目の前には地獄が広がっている。

 女騎士に至っては、素手ではなく篭手を嵌めた状態でビンタしている。しかも鍛えているから、エグい攻撃力だ。



「ふふ、いいではないですか。アルカにはいい薬です。それに、自己再生力が上がるのでは? これを乗り越えたら、耐久力も上がるでしょう」

「まあな。訓練というのはこういうものだ」

「お二人とも、笑顔が怖いです」

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