第35話 謎の少女、現る/魔王、独り言ちる

   ◆アプー・ガルド邸◆



「ふむ、なるほど。奴隷商のアジトから、首輪が多数押収されたか」

「はい。その他にも、横の繋がりのある商会の名簿も」



 調査中の騎士の報告書に目を落とすガルド。

 想像以上の規模だ。まだまだ全容が掴めそうにない。



「奴隷の首輪の仕入先は?」

「それが、まだ……」

「急げ。この事案は一刻を要する」

「ハッ!」



 騎士は敬礼すると、急いで執務室を出て行った。

 ここ最近ろくに眠れていないのか、ガルドの目の下にはクマが出来ている。

 背もたれに体を預け、眼鏡を外す。

 余程疲れているみたいで、柄にもなく嘆息した。



「貴族の方は陛下にお任せするとして、まだやることはあるか……休んでもいられないが、少し仮眠を……ん?」



 何やら扉の向こう側が騒がしい。

 騎士やメイドたちが誰かを制止しているみたいだ。



(まさか敵襲!? 奴隷商関係者の報復か!?)



 ガルドは立ち上がり、壁に立て掛けていた剣を手にする。

 ガルドも昔は無茶をしていた。今でも腕が錆びない程度に鍛錬は続けている。賊程度に後れを取ることはない。

 待つことしばし。

 直後、轟音と共に扉が大きく開いた。



「ガルド卿、失礼しまーーーーす!!」

「うるさっ」



 ノックも何も無く入ってきたのは、一人の女性だった。

 目を見張る美しさ。

 金髪というより黄色い髪色のショートパーマ。

 元気いっぱいといった感じの目。

 まるで少女がそのまま大きくなった印象を受ける体つき。

 一瞬誰だかわからなかったが、直ぐに記憶の底から名前が浮かび上がってきた。



「げっ、レミィ……!」

「久々の再会でげっとは失礼ですね!!」



 言いたくもなる。過去の暴れっぷりを考えれば。



「お前が俺の屋敷を半壊させたこと、まだ根に持ってるからな。というか当時の借金を早く返せ」

「ちっちゃい男は嫌われますよ!!」

「額がちっちゃくないから言ってんだよ!」



 調度品を壊したとか、美術品を燃やされたとかならまだ許す。だが家を半壊されて許すほどお人好しではない。



「それよりガルド卿!!」

「俺の屋敷の話をそれよりって……まあいい。なんだ?」



 レミィは顔を輝かせ、満面の笑みでガルドに詰め寄る。



「ここにクロアのアニキが来たって聞いたんですけど、今どこにいます!?!?」

「……クロアのアニキ?」



 クロアに妹がいるなんて聞いたことがない。

 しかもそれが、過去に屋敷を半壊させた女性だという。

 首を傾げるガルドに、レミィは一際満面の笑みを見せたのだった。



   ◆魔王城・魔王の間◆



『おい、聞いているか? 聞いているだろう? ……俺の息子が、近々お前を殺しに行く。精々怯えて眠れ──魔王』



 メキュッ──!!


 遠隔水晶の映像が途切れ、さっきまでそこに映っていたクロアの顔が消えた。

 玉座に座る魔王──フラッドは水晶から目を離すと、そっと息を吐いた。


 座っていてもクロアを超えるほどデカい。

 側頭部には禍々しい角が生えているが、片方の角が折られている。

 厳ついが若々しい見た目。だが顔面には斜めに深い傷が付いている。


 フラッドは目の前に跪く三人の異形の生物に目を向けると、今まで閉じていた口を開いた。



「見た通りの強さだ……どう思う? みなの言葉を聞きたい」



 低く重い声が魔王の間に響く。

 ただ言葉を発しただけで、空気が震えるほどの圧が広がった。

 そんな中、一人の生物が顔を上げる。

 ベースは人型だが、まるで墨を被ったかのように漆黒の体。性別は不明。

 背中から翼が生え、その翼には無数の目が蠢いている。

 魔眼皇バルバである。



「恐れながら、このバルバが申し上げます」

「許そう」






「あれ、人間ですか?」

「知らね」

(((ですよね)))






 あんな戦闘を見せられて、どうしても人間として見れない。

 かといって亜人とも違う。魔族の気配も感じられない。

 じゃあなんなのか。

 それは誰にもわからない。

 と、次に別の生物が手を上げた。

 触手の塊のような体だが、人間のような腕と脚が付いている。

 一つだけある赤い目がギョロりと動き、触手が波打つ。

 魔触王ゴードンだ。



「魔王様、もしやあの男……」

「うむ。過去に唯一、我が敗れた人間だ」



 フラッドの言葉に、四天王の三体は戦慄する。

 ドドレアルを含めたこの四体は、前四天王との入れ替わりの決闘に勝ち、ここ十年で四天王の座に着いた新参者だ。

 魔王フラッドがただの人間に負けたという噂は聞いていたが、それが勇者の肉親だとは。



「勇者弱体のために送り込んだリリスも、あの化け物たちによって殺された。もう同じ手は使えんが……どうやらあの化け物は勇者の旅には同行しないようだ」

「なら、今すぐ勇者の息の根を止めねば!」



 最後の一体が立ち上がり、拳を握る。

 オーガの進化系であるアーク・オーガ。その中でも更に特異な突然変異種、ジェネラルオーガ。

 魔将軍レガンドだ。



「いや、奴が人間の住む区域にいる時に進軍すれば、あの化け物が間違いなく黙ってはいないだろう。勇者が統治する区域に来た時に潰すのだ。よいな?」

「「「ハッ!!」」」



 バルバ、ゴードン、レガンドは再び頭を垂れ、魔王の間を出ていった。

 三体を見送ったフラッドは深く息を吐き、力を抜く。



「……魔王辞めたい」



 小さな呟きは、誰にも聞こえることなく宙に溶けて消えた。

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