第34話 勇者の父、ちょっとだけ過去を明かす

 魔剣を全て処理し終えると、アルカがクロアへ近付いた。



「父さん、聞きたい」

「なんだ?」

「……俺、強くなれるかな」



 今の戦闘を見て、より不安になった。

 明らかに自分とクロアとじゃ、元の才能や潜在能力に差がありすぎる。

 勇者の力を極めたところで、クロアを超える未来が見えない。途方もなくデカすぎる。

 こんなこと、クロアに聞くのは違うと思う。

 でも聞かずにいられなかった。






「いや、知らんけど」

「ですよね」






 即答だった。

 そりゃそうだ。強くなるかどうかなんて、他人が決めることじゃない。

 確かにクロアの血が流れてるとは言え、修行しなければなんの意味もない。

 クロアはそっとため息をつき、アルカの脳天に拳を落とした。



「ひぎっ!? な、何すんだよ!」

「思うことは、願うことは誰にでも出来る。金持ちになりたい。商人になりたい。強くなりたい。で、どうする?」

「ど、どうする……?」

「お前は強くなりたいと思ってる。願っている。で、どうする?」



 そこまで言われ、アルカは目を見張った。

 そうだ。自分は今の思っている。願っている。

 言ってしまえば、『それだけ』だ。



「……行動する」

「そうだ。世の中思う、願うだけの奴はいくらでもいる。そこから行動を起こせた者が、世界を変える」

「わかった」



 その通りすぎる。願うだけで強くなるのは、おとぎ話の世界だ。

 現実は甘くない。今を受け入れ、前へ進むこと。それしかないんだ。

 と、そこでもう一つの疑問が浮かんだ。



「父さん、もう一ついいか?」

「ん?」

「そんなに強いのに、何で魔王軍と戦わないの? 魔王も、父さんの力があれば弱体化ぐらい……」



 アルカも、クロアが本気で拳を握った姿を見たことがない。

 だけどクロアが本気を出せば……そう考えてしまう。

 クロアがどう答えるか。黙っているクロアを見つめる。



「……出来なかった」

「……え?」

「昔な……行ったさ。でも出来なかった。魔王フラッドは強いとか弱いとかの次元にいない」

「と、父さんでも勝てなかったの……!?」

「はは、俺も万能じゃないからな。出来ないこともある」



 信じられない。いくら魔王が最悪の化け物だとしても、クロアが勝てないなんて。

 クロアの言うことが本当なら、魔王はクロアよりも強いということ。

 そんなの、どうやったって勝てるとは思えない。



「あいつには生半可な物理攻撃と魔法攻撃は一切効かない。桁違いに硬いんだ」

「父さんの攻撃でも通らないの?」

「馬鹿を言うな。俺の攻撃が通らない物質はない」

「じゃあどうして……」

「再生力が化け物でな。殴っても直ぐに回復してしまうんだ」



 硬い上に再生力も高い。なるほど、魔王と呼ばれるだけある。



「で、なんとか一回ぶっ殺した」

「え」

「だが復活した」

「え」



 情報が多くて追いつかない。

 硬すぎて再生力が高い魔王を殺したと。そして復活したと。

 クロアの強さもだが、魔王も規格外すぎる。



「そんな魔王の防御力や再生力を全くの無にして、唯一殺せる絶対の力。それが……」

「勇者の力……?」

「伝承ではな」



 アルカの呟きに、クロアは頷く。

 なるほど、それなら確かに合点が行く。

 クロアほどの力と正義感があって、魔王の元に行かないとは考えられない。

 経験者は語るというが、有益な情報が手に入った。

 だから魔王は、勇者の力を持つアルカを弱体化させようとしたんだ。自分に対する唯一の脅威を取り除くために。



「では、俺たちは行く。精進するんだぞ」

「待ってくれ、父さん。最後に聞きたい」

「何だ?」

「どうして父さんは、それほどの強さを求めたんだ? 家族を守るためとは言っても、限度があるようか気がする」



 守るために強くなる。クロアらしい理由だ。

 でもそれだけでここまで自分を追い込めるなんて、どうしても違和感があった。



「……これ、ウィエルには言うなよ」

「え? あ、ああ……」



 珍しい。ウィエルには言えないことをアルカに言うとは。

 クロアは、未だにミオンの戦闘について講評しているウィエルをチラ見すると、恥ずかしそうに頭を搔いた。



「ウィエルと仲良くなりたかったから、な」

「……は? それだけ?」

「それだけとはなんだ。欲望は人間を突き動かす最大の原動力だぞ」



 想像を超えて下世話な話だった。

 まさかこんな所で両親の馴れ初めを聞かされるとは。



「欲望は飲まれたらおしまいだ。それはお前が一番よくわかってるだろう」

「う……はい」



 それはもう嫌というほど。

 この先同じようなことがあったとしても、クロアの折檻を思い出せば乗り越えていける。恐怖心ではあるが。



「だが欲望を飼い慣らせば、それは何にも負けないエネルギーになる。欲望に屈するな。従えろ」

「……わかった、ありがとう」

「ではな」



 クロアは最後にアルカの頭を優しく撫でると、ウィエルとミオンの元に向かっていった。


 ダメ出しを受けすぎたミオンが、クロアの登場に咽び泣いたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る