第33話 勇者の父、誘惑されるも……

 気付けば朝日が高く昇っている。

 ドドレアルの配下の気配はない。トップが死んだことで、残党たちはガーラの街を捨てて逃げたようだ。

 つまり、事実上ガーラを奪還したことになる。

 まあ、クロアとウィエルが暴れたせいで、街はぐしゃぐしゃになってしまったが。


 ミオンは初めての戦闘を終え、気を抜くようにため息をついた。



「はぁ〜、終わりましたね〜」

「ええ。お疲れ様でした、ミオンちゃん。……ですが魔力コントロールがおざなりです。兎人族の脚力に任せっきりで集中が途切れていましたし、スピード重視の身体強化魔法だから防御力はペラペラ。初めての戦闘なのは仕方ありませんが視界が狭すぎます。せっかくいい耳を持っているのですから、耳に身体強化魔法を掛けると更に聞けない音を聞けて時間短縮に繋がるでしょう」

「うぃ、ウィエル様っ、お顔怖い。いつもの笑顔なのにお顔怖いです……!」

「まだまだ言い足りません。プラスして……」

「ひいぃっ……!?」



 ペラペラペラペラペラペラペラペラ。

 戦闘後の講評が湯水のように溢れ出て、ミオンの頭から湯気が立ち上る。

 助けを求めるようにクロアに視線を向けるが、クロアもこの状態のウィエルに関わりたくないのか、そっと視線を逸らされた。



(しょんな!?)

(南無三)



 クロアは二人から離れるように、落ちている魔剣を拾う。

 と、魔剣の中の意思のようなものがクロアに流れ込んできた。



『おぉっ! これは素晴らしき肉体……! これ程の肉体、千年は見たことがないぞ!』

『何!? おい人間、俺も拾え!』

『俺様が貴様を世界の覇者にしてやる!』

『私が先よ!』

『おい、早く拾え!』

『この俺が先だ!』



 どうやら、魔剣にはそれぞれ独立した意思があるようだ。

 だが意識は共有されているのか、一本を手にしたらそれぞれの意思が頭の中に流れ込んでくる。

 今も【天】の文字が刻まれた天道が、クロアの体を乗っ取ろうとしている……が。



「うるさいな……邪魔だし壊すか」

『え? あ』



 バキィッ──!!



『『『『『あ』』』』』



 天道の刀身に無造作に拳を叩き込むと、粉々に砕け散った。

 破壊された天道は、その後一切言葉を喋ることなく崩れ、最後には風に乗って消えていった。



「次は地獄道だ」

『ま、待て! お前、世界の覇者になりたくないのか!? 俺らのうち一本でも持っていたら、この世の全てを制することができ──』



 バキィッ──!!



「ドドレアルは、六本持っててあの程度の強さだったんだろう? ならお前らの力も底が知れてる」

『それは貴様の力が異様に強かったからで──』



 バキィッ、メキィッ、ボキィッ──!!


 持つのも面倒になったのか、ありんこを踏み潰す子供みたいに一本ずつ壊しいく。

 最後に残った修羅道に足を乗せると、恐怖の念が伝わってきた。



『ま、待て……待ってくれ! この俺は絶対にお前を満足させる! 俺の力、見ただろうっ? お前の力と俺の力があれば、絶対世界を取れる! この世の全てがお前のものになるんだ! 金も女も名誉も栄光も、全てが思いのままなんだぞ!? 悪いことは言わない、俺と手を組もう!!』

「で?」

『……え?』

「それで?」

『え、と……?』



 クロアの真意がわからず、困惑する修羅道。

 今までは触れていれば相手の心の中が伝わってきた。

 殺したい。奪いたい。犯したい。全てを手に入れたい……大小はあるが、人間にはそういった欲求がある。

 なのに、この男からは何も伝わってこない。

 今までにないことに、修羅道は唖然としてしまった。



「力を手に入れ、金も女も名誉も栄光も思いのまま……で、その先は?」

『そ、その先……?』

「手に入れてどうする。死ねば終わりだ。で? それを手に入れたあと俺のメリットは?」

『…………』



 意味がわからなかった。

 普通、この世の全てが手に入ると知ったら、それ以上のメリットを求めない。

 死んだら終わり? 死ぬまでその生活を楽しめばいいだろう。それがこの上ない欲望幸せだろう。

 愕然として、言葉が出ない。



「……提示出来ないのなら、これ以上の問答は無意味だな」

『ま、待っ……!』



 メキッ──!!


 クロアが僅かに脚に力を込めると、修羅道も他の五本と同じように砕け散った。



「全てなんていらない。……家族を守れる力があれば、それ以外」

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