第32話 勇者の父、脅す
「ヒハッ! ヒハハハハッ! この魔剣が出たからにはもう終わりだ! 天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の力を凝縮した六つの魔剣! 触れたら最後、即死だァ!!」
「それ毒の時も聞いた」
「うるッッッせェ!!」
ドドレアルが魔剣をクロスして構える。
すると、筋肉が膨れ上がり周囲の景色が歪んだ。
「修羅道──《憤怒の相》!」
次の瞬間、【修】の文字が刻まれた魔剣がどす黒く光り、ドドレアルの体にまとわりつく。
「くくくッ……修羅道は怒りと憎しみが圧縮された剣。我の怒りと憎しみが増すほど、我の身体能力は強化される」
「へぇ」
「そして、畜生道──《魔獣顕現》!」
次は【畜】の文字が刻まれている魔剣が光り、ドドレアルの周囲から禍々しい生物が無数に姿を現す。
鳥型、獣型、虫型。見た事のある形はしているが、魔物とも魔獣とも違う。全てこの世には存在しない生物だ。
心の底から嫌悪感が混み上がってくる。
「キヘヘヘヘ! 異界より呼び寄せた畜生共だ! こいつらの好物は人間の生きた肉! 特に女の肉には群がるぜェ!」
ドドレアルの目がウィエルやミオン、勇者一行に向けられる。
ウィエルも珍しく嫌悪感を抱いたのか、顔をしかめて後ずさりした。
「うぃ、ウィエル様にも苦手なものってあるんですね。意外です」
「苦手ではありません。視界に入れたくないだけです」
「それを苦手と言うのでは」
「という訳で弟子ちゃん。ここの手柄はあなたに譲ります」
「ちょっ、ずる! 私肉弾戦しか出来ないんですから、ウィエル様の魔法でちょちょいとやっちゃって下さいよ!」
クロアの背後で、二人が何故か譲り合っている。
前向きに考えれば余裕があるということだが、ちょっとは緊張感を持って欲しいところ。
「ウィエル、害獣は頼んだぞ」
「ええ……わかりましたよぅ」
またも珍しいしょんぼりウィエルが、人差し指に小さな魔法陣を展開する。
「そんな小さな魔法で何をするつもりだ? え? よもや魔法の原則を知らぬわけではあるまい」
ドドレアルの言う通りだ。
原則として、魔法の威力は魔法陣の大きさに比例する。
原理としては、魔法陣が大きければそれだけ多くの式や文字、幾何学模様を組み込めるから。つまり小さい魔法陣には、それなりの物しか組み込めない。
普通なら。
「確かに、原則はそうですね。……あくまで、原則ですが」
ウィエルが人差し指を害獣へと向ける。
小さい……本当に小さい魔法陣だ。しかしよく見ると、その中には無数の何かが刻まれている。
「魔法の深淵を知りなさい。《ライトニング・レイ》」
刹那、ウィエルの指から放たれた紫電の光線が、数秒に満たないうちに数百もの害獣を撃ち抜いた。
紫電によって丸焦げになる害獣。
やがて炭になり、風に吹かれて砕け散った。
「……は? え……え?」
「如何に異界の生物と言えど、光より速くは動けないでしょう。あーやだやだ。私の魔法が不快害獣で汚されました」
うぇっ、と舌を出して不快感を露わにしたウィエル。
クロアが一人で相手をしてもよかったが、それだと時間がかかりすぎる。適材適所というやつだ。
これもアルカたちへの手本見せなのだが、果たして気づいているだろうか。
「こ、の……俺の可愛い畜生共をォ……! 許さんぞ貴様ァ!」
怒りによって、修羅道の効果が更に上がった。
ドドレアルから感じられる圧が凄まじい。修羅道の効果だろうか。戦闘力も倍増しているように見える。
クロアも流石に危険を感じたのか、ドドレアルへと歩いていった。
「おい、これ以上殺気を流すな。自然に悪影響を及ぼす」
「知ったことかァ! 止めたければ、貴様の力で止めること──」
「そうさせてもらう」
「だ──ァ?」
ドドレアルの目が見開かれる。
今まで対峙していたクロアが、どこにもいない。
瞬きをしていた訳ではない。ないのだが、文字通り姿を消した。
気配は感じる。声も聞こえる。だが姿だけが見えない。
「後ろだ」
「ッ!?」
「フッ──!!」
気合い一閃。
魔族の肉眼でも捉えきれないスピードで背後を取っていたクロアが、手刀でドドレアルの六本の腕を斬り飛ばした。
目を見張る勇者一行。だがアルカには馴染みがある。
あれは、クロアが木こりとして巨木を切り倒す時に使っている手刀だ。
青い鮮血と共に、六本の腕と魔剣が宙を舞う。
「ヒッ……!?」
「喚くな、鬱陶しい」
「へぶっ!?」
ドドレアルの頭を掴み、地面へと叩き付ける。
その衝撃で、大地に巨大な亀裂が走った。
「あ……ぁがっ……!?」
「掠ったら即死の魔剣も、掠らなかったら意味ないな」
その通りである。
だがそんなこと出来るのは、クロア以外いないだろう。
クロアはドドレアルの頭を押さえつけたまま、アルカに目を向けた。
「アルカ、見ていたか?」
「……ぇ。あ、はいっ」
「魔王軍四天王はどれも強敵だ。しかも、必ず配下を引き連れている。お前はそれらを全て倒し、魔王を討伐するんだ。今の俺とお前の強さのレベルをしっかりと認識し、鍛錬を積め」
「わ、わかりました……!」
直立不動で頭を必死に振る。
クロアの言う通りだ。今は最強の父と母がいるが、この旅に両親は着いてこない。両親同伴の勇者とか、恥ずかしいにも程がある。
なら、強くなる他ない。強くなって、他の四天王を倒す。そして魔王を倒し、魔王軍を壊滅させる。
明確な指標ができ、アルカは力強く頷いた。
男の顔になったアルカを見て、クロアはドドレアルの瞳を覗いた。
いや、瞳じゃない。瞳の先にいる何かを見ている。
「おい、聞いているか? 聞いているだろう? ……俺の息子が、近々お前を殺しに行く。精々怯えて眠れ──
メキュッ──!!
クロアの握力によりドドレアルの頭部は爆散。
魔王軍四天王、魔剣帝ドドレアルは、理不尽な超暴力の前に為す術なく息絶えたのだった。
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