第31話 勇者の父、圧倒する

 剣の残骸を手に絶叫するドドレアル。

 顔からはオーバーに悲壮感が伝わってくるが、憤怒や絶望は感じられない。

 むしろオーバーすぎて、不自然なくらい絶叫している。

 何か言いようのない不安を感じ、ミオンはウィエルの後ろに隠れた。



「大切な剣だったんですかね……?」

「どうでしょう。魔族に大切とか繋がりとか、そんな概念はないと思いますが」



 魔族は基本縦社会だ。奪う、騙す、殺すの負の概念しかなく、物が壊れたくらいでこんなに取り乱すようなことはない。

 勿論、ドドレアルは他の魔族と違い、物に愛着がある可能性はある。

 だがそうでない場合、この取り乱し方は何か別の意味があるということ。

 不審に思いドドレアルを注視していると……。


 直後、ドドレアルの口元が三日月形に歪んだ。



「あなた!」

「ヒヒッ……死ね!!」

「ッ……!」



 サソリの尾が大きくたわみ、クロアの肩へと突き刺さった。

 人の拳ほどの針から、岩石すら溶かす毒がクロアへ注入される。



「ヒハハハハハ! 貴様程度、劣等種に本物の魔剣を使うわけねェだろォ! 最上大業物だか知らねェけど、百年以上前に劣等種の作ったなまくらなんざ使い捨てだァ!」



 動かないクロアの両腕を二つの手で拘束し、残りの手に握られている剣の残骸をクロアの体へと突き立てた。



「この毒は、ほんの僅かに体に入っただけで即死させるものだ。だが貴様は危険だからなァ……ミンチになるまでぶっ刺すぜェ!」



 嵐のような連撃がクロアの体を襲う。

 流石のウィエルも、クロアとドドレアルの距離が近すぎて魔法を打てない。

 ミオンは絶望の顔で膝から崩れ落ち、アルカたちも呆然とそれを見ていた。


 が、その違和感に気付いたのはドドレアルだった。



(何だ? 折れた剣とは言え、やけに感触が鈍い。魔族のパワーをもってすれば、そろそろ体がミンチになってもいいと思うが……ぁ……?)



 気付いた。気付いてしまった。

 クロアの体が、全くの無傷だということに。



「ぇ……? ぁ……?」

「む、終わったか? 随分とくすぐったい攻撃だったな」

「え……な、何で生きて……?」



 既に致死量の何十倍の毒を流し込んでいる。

 なのにクロアは生きている。というか、言葉すら発している。

 意味がわからなかった。今起こっている現状に脳がついていかない。何が何やら。



「悪いが、鍛え方が違うんだ。毒なんて俺に効かないし、鍛え抜いた俺の体に折れた剣では傷一つ付けられんぞ」



 クロアは拘束されていた腕を振りほどき、肩に突き刺さっている尾を掴むと──無造作に握り潰した。



「ヒギッ!?」

「思ったより柔らかいな。タンパク質が足らんぞ」

(((そういう問題じゃないような)))



 図らずも、この場にいる全員の気持ちが一致した。

 ドドレアルは超高速で後退すると、息も絶え絶えに剣の残骸を捨ててクロアを睨んだ。



「ゼェッ、ハァッ……! 何なのだ……何なのだ貴様は! 本当にッ、本当に人間か!?」

「失礼な。どこをどう見ても人間だろう」

「どこがだァ!!」



 こればっかりはミオンもアルカも同意せざるを得ない。

 今の攻防は、人外と人間のものじゃない。人外と人外によるものだ。



「くっ……配下の殆どを殺され、勇者でもないたかが劣等種一匹にここまでコケにされるとは……!」

「別にコケにした覚えはない」

「黙れぼべっ!?」



 クロアの鋭く、重い拳がドドレアルの顔面を打ち抜く。

 巨体が飛び、瓦礫を吹き飛ばしても止まらない。

 数十メートルほど飛んで、ようやく勢いが止まった。



「ぅ……ぐっ……ぐぞっ……!」

「ほう、俺の必殺・五割パンチを食らっても生きてるとは……流石、魔王軍四天王の一角。なら、もう少し威力を……ん?」



 クロアの足が止まった。

 ドドレアルの放つ殺気を煮詰めたような圧が、粘度を帯びてまとわりついてくる。

 闘気や殺気の大きさは、闘争心に比例する。

 この圧の重みと厚み……間違いなく、諦めていない。



「貴様は殺す……殺す、殺す、殺し尽くす!!」



 痛みに耐えて立ち上がったドドレアルは、六つの手を空へかざした。



「冥界より現出せよ、悪魔の鍛えし六極の魔剣──《天を滅する悪魔の業デモンズ・カルマ》!」



 直後、ドドレアルの上空に六つの魔法陣が展開。

 それらが漆黒の雷を放ちながら回転すると、中心から禍々しい刀身が姿を現した。

 それぞれ形が違う。刀身は脈打ち、柄にはそれぞれ【天】【人】【修】【畜】【餓】【地】の文字が刻まれている。


 さっきまでの人間が作り出した最上大業物とは訳が違う。


 正真正銘、本物の魔剣だ。

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