第29話 勇者の母、不可能を可能にする/亜人の少女、真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす
クロアはアルカの後ろに控えている三人に目を向けると、そっと息を吐いた。
「呆然としている暇はないぞ。アルカだけじゃない。強くなるアルカについて行くなら、君たちも強くなる必要がある。そのことを肝に銘じて、今後の行動を考えろ」
クロアの言葉に、三人は不安げに頷く。
この三人がどうなるかは今後次第。もし心が折れるようなら、そこまでの人材だったということ。その時はアーシュタルに進言すればいい。
と、今度はウィエルが前に出た。
「まだ大分いますね。流石に四天王の配下の数は膨大ですか……じゃ、ちょっとだけ見晴らしをよくしましょう」
ウィエルの手が上空に掲げられる。
手の平に魔法陣が展開。それがウィエルを囲うように球体状に拡張され、ウィエルを完全に包み込んだ。
クロアからしたら見慣れたものだが、ミオンたちは呆然とそれを見上げている。こんな魔法も、こんな魔法陣も、見たことがない。
そんな中、魔法使いがそれを見て声を上げた。
「ま、ま、まさか……立体魔法陣、ですか!?」
「おや、そこのお嬢さんはよくお勉強していますね。その通り、これは立体魔法陣です」
ウィエルが嬉しそうに答える。
立体魔法陣という言葉に聞き覚えのないアルカが、魔法使いに聞いた。
「なあ、立体魔法陣って何?」
「……魔法というのは、魔法陣という緻密な式と文字、幾何学模様を組み込んだ媒体を展開して発動します。いわば人類の叡智です」
自分の手の平に小さな魔法陣を展開して説明する。
この小ささでも、目を凝らさないとわからないくらい細かい。魔法陣をまじまじと見たことはなかったが、こんなにも細かいものだとは思わなかった。
「立体魔法陣はこの平面の魔法陣に書かれた式や文字、幾何学模様を崩さず拡張し、球体の形にするんです。そうすることで、威力を何倍にもすることが出来ますが……欠点は、不可能ということです」
魔法使いも魔法陣を球体にしようとするが、途中で砕け散ってしまい、宙に霧散した。
「魔法陣を一ミリ拡張するのに五年掛かると言われています。最小の魔法陣でも、完全な立体魔法時を作る前に寿命が尽きます。体全てを覆う程の立体魔法陣なんてありえません」
「ふふ、見識が狭いですね。世は広いんですよ。……っと、話している暇はありませんね」
ウィエルが手を魔族の集団に向けると、立体魔法陣が高速で回転しだした。
本能的に恐怖を覚え、生き残った魔族たちがウィエルから逃げようと走り出す。
「逃がしませんよ。
立体魔法陣が漆黒の光を放ち、黒炎の光線が直線状の全てを飲み込んだ。
魔族たちを焼き尽くし、廃墟を消し飛ばし、大地を深々と抉り……約一キロに渡って、全てが溶解した。
アルカと勇者一行、唖然である。
「随分と減りましたね……まあこんなものでしょう」
「ありがとう、ウィエル。さあ次はミオンちゃんだ」
「わ、私ですか!?」
クロアの人外の戦闘力に、ウィエルの理外の魔法。
あれを見せられた後に一体何をしろと言うのか。
「私と旦那が倒したのは、ミオンちゃんでは殺されてしまいそうな相手です。今残っているのは雑魚と、ミオンちゃんよりちょっと強い程度の魔族ですから」
「いやそうではなく」
「さあミオンちゃん。その強さを世界に知らしめるときですよ」
「う……うぅ……」
逃げることも断ることも出来ない空気。覚悟を決めるしかなかった。
大丈夫だ、大丈夫。落ち着いて、今までやって来たことをちゃんとやれば間違いない。
今までやって来たことを思い出すんだ。
と、そこで気付いた。
「あの、私がやって来たことって、魔力を脚に集中させることだけなんですが……」
「はい。そうですね」
「……どう戦えと?」
魔力をコントロールすることで、身体能力を強化出来ることはわかった。
そのお陰で脚力は上がったし、体力も大幅に上がった。
が、言ってしまえばそれだけだ。それ以外の何も知らない。
ウィエルはキョトンとして、コロコロと鈴を転がしたような笑い声を出した。
「真っ直ぐ行って蹴っ飛ばせばいいですよ」
「はぁ……? 真っ直ぐ行って、蹴っ飛ばす……」
言ってる意味がわからなかったが、やってみるしかない。
武器を手にこっちを睨んでいる魔王軍へ目を向けると、意識して脚に魔力を集中。
「真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす。真っ直ぐ行って蹴っ飛ばす……ふぅ……」
暗示をかけるようにブツブツ呟き、ゆっくりと呼吸して。
(よーい……どんっ!)
駆け出した。
刹那、十数メートルの距離を一歩で埋めたミオン。
あまりの速さに魔族が目を見張っているのが見える。
そんな魔族に向けて、蹴りを放つ。
パンッ──!!
「……ぇ……?」
顔面に向かって蹴りを放った。そこまではいい。
しかし威力が強すぎたのか、それとも別の要因なのか……魔族の頭部が、木っ端微塵に爆散した。
蹴り飛ばすでも、吹き飛ばすでもない。
文字通り、頭が爆発したのだ。
困惑している当人を他所に、クロアが感心したように顎を撫でた。
「ほう。兎人族の脚力に身体強化魔法を使うと、こんなにも威力が上がるのか」
「あの若さでこの破壊力。今後が楽しみですねぇ」
まだまだ鍛える気満々の二人である。
ミオンとしては、今でも十分過ぎると思うが、今はそれどころじゃない。
残りの魔王軍を殲滅するため、脚に力を込めた。
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