第28話 勇者の父、強さを見せる

 翌朝。クロア、ウィエル、ミオンは騎士団の本部を出て、密かに移動している。

 朝日が廃れた街を照らし、寂しくも幻想的な景色を映し出していた。

 クロアとウィエルは散歩気分で歩いているが、ミオンはこれからのことを考えて生唾を飲み込んだ。



「き、緊張しますね」

「そうですよね。初めての実戦ですもんね」

「はい……って、実戦?」



 何それ聞いてない。

 ウィエルを見ると、朝日が似合う爽やかな笑顔を向けた。



「魔王軍四天王、魔剣帝ドドレアルが一人でいるはずないじゃないですか。昨日のゴブリンやオーガみたいな魔物が周りにいます。私とミオンちゃんの役目は、取り巻きを倒すことです」

「え……えええええええええ!?!?」



 流石に驚いた。四天王の取り巻きと戦うなんて、考えすらしていなかったから。

 昨日はクロアが強すぎたから弱く見えたが、魔物というのは知能をもった魔獣と言われるほど戦闘力が高い。

 そんな魔物と……しかも野良ではなく、魔王軍という組織に属している魔物と戦って、勝てる未来が全く見えない。



「わ、わ、私、まだ戦闘経験もないですし、魔法も使えませんけど……!?」

「今のミオンちゃんでも十分戦えますよ。ファイトです」

「軽い!?」



 二人からしたらいつもの戦闘なんだろうけど、ミオンからしたら初めての死闘だ。下手をしたら死んでしまう。

 今から死地に向かっていると思うと、異様に喉が渇く。手足が震える。



「大丈夫だ、ミオンちゃん」



 今すぐ逃げだしたい気持ちを抑えてついて行くと、前を歩くクロアが振り返らず声を掛けてきた。



「今までやって来たことを思い出せ。絶対ミオンちゃんならやれる」

「クロア様……」



 不思議だ。クロアの言葉は心の底に届く気がする。

 手足の震えが止まり、勇気が湧き上がってきた。



「……わかりました。私、やります」

「ああ、頼んだぞ」



 ミオンはふんすっと気合を入れて、二人の後について行く。

 と、後ろが気になって振り返る。

 そこには真剣な表情で三人についてくるアルカと、臨戦態勢の勇者一行がいた。



「ついてきましたね、アルカさんたち」

「旦那の喝が相当効いたんでしょう。明らかに昨日とは顔付きが違いますね」



 ウィエルは嬉しそうに笑っている。

 なんだかんだ言いつつ、ウィエルも心配していたみたいだ。

 それもそうか。子を心配しない親はいないだろう。

 クロアも僅かに振り返り、アルカが付いてきているのを見てほくそ笑んだ。


 ガーラの街を歩くことしばし。

 敵の気配に、全員同時に立ち止まった。



「あなた」

「ああ。この気配……囲まれたな」



 直後、瓦礫や廃墟から無数の魔物が姿を現した。

 魔物だけじゃない。魔族と、魔獣の数も異様だ。

 これだけの数の魔王軍を騎士団は食い止めていたと考えると、相当優秀な人材が揃っていたんだろう。

 敵が下品な笑みを浮かべてこっちを見てくる。

 アルカと勇者一行は武器を構えて油断なく周囲を見渡していた。



「チッ、数が多いわね。勇者様、どうする?」

「もちろん戦おう。絶対に一人にならず、チームで動いて──」

「待て」



 アルカの提案に、クロアが待ったをかける。

 昨日の今日でクロアに苦手意識を持ったのか、剣士が怯えた顔を見せた。



「ま、待てって、どういう……?」

「今日はお前らは見学だ」

「……見学?」



 意味がわからず思わず聞き返してしまった。

 敵のど真ん中までやって来て見学とは、どういう意味だろうか。全くわからない。



「いい機会だから見せておく。人類を救う強さというものを」



 クロアが肩を大きく回し、深く息を吸う。

 そして。



「フッ」



 消えた。

 動体視力が強化されているアルカでも、兎人族の動体視力を持つミオンでも見えない。

 唯一ウィエルだけが、笑顔で目を高速で動かして追えている。


 直後。



「えがっ」

「ぽっ」

「へきゅ」

「ぎゃぼっ!?」

「はぶっ!」

「きょっ」



 見えない何かに押しつぶされるように、魔族も魔物も魔獣も絶命していく。

 その間わずか数秒。

 数にして百体以上の敵を屠り、クロアは何食わぬ顔で元いた位置に現れた。



「勇者なら、最低でもこれくらいは出来るようにならないとな」

「いやいやいや、むりむりむり」

「無理なもんか。俺がお前くらいの時は、もう出来たぞ」

「元のスペックが違いすぎるんだよ!?」



 流石に反論させて欲しかった。

 こんな化け物みたいな戦闘を真似しろとか、勘弁してほしい。



「というか、そもそも父さんが魔王軍と戦ったらいいんじゃ……」

「馬鹿言うな。それじゃあお前がどうやって強くなる。魔王軍はお前が強くなるための練習台。魔王が本番。そう考えておけ」

「そんな無茶苦茶な……」



 でもクロアの言うことももっともだ。

 アルカの最終目標は魔王討伐。そして魔王を討伐するには、勇者の力を極めるしかない。

 魔王軍は、自分の力を上げるための練習台。そう思うと、なんとなくやる気が出てきた。


 が、やる気と出来るのは全く違う。

 今のはどう考えても出来る気がしない。

 しかしクロアは、真っ直ぐな目でアルカを見た。



「お前なら出来る」

「……何を根拠に」

「俺の息子だからな。それ以上の根拠はいらん。俺の血が、お前を強くさせる」

「…………」



 その通りすぎてぐうの音も出なかった。

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