第27話 勇者の母、激おこ

 リリスが燃え尽きてしばし、勇者一行の三人は意識を取り戻した。



「あ、あれ……?」

「私たち、一体何を……?」

「確か、勇者様のチームに入って、それで……」



 三人は今の状況がわかっていないのか、辺りをキョロキョロ見渡している。

 流石にまずいと思い、ミオンがウィエルに駆け寄った。



「あの、皆さん記憶が混濁してるみたいですけど……」

「私が記憶を改ざんしました。催眠時の記憶はないと思いますが、念の為に。利用されていた記憶なんて、誰も望まないでしょう」

「……そうですね」



 リリスを殺した時と何ら変わらない微笑み。

 安心していいのか、警戒すべきなのか……とにかく、無事に元凶は叩けた。


 ほっと一息つくと、テントにクロアとアルカが入って来た。

 血塗れのアルカに一同はぎょっとしたが、ウィエルは慣れたようにアルカの体から血を浄化した。

 傷はない。勇者の自己再生力が働いたらしい。



「お話は終わりましたか?」

「ああ。こっちは?」

「はい、無事に。それと……」



 ウィエルはクロアに近づき、声をひそめる。



「リリック宰相の正体は、リリスでした」



 クロアにリリックの正体を伝えると、目を僅かに見開いた。

 クロアもリリックリリスには何かあると思っていたが、まさか魔族だったとは。



「気付かなかったな」

「あそこまで巧妙に変身されたら、恐らく私以外には気付けないと思います」

「ウィエルがいてくれて助かった。ありがとう」



 流石のクロアも魔法には疎い。

 直感で魔法の気配を感じることは出来るが、やはり魔法のスペシャリストであるウィエルには劣る。

 こういう時、まだまだ自分には成長の余地があると実感出来る。


 二人が話していると、アルカが気まずそうに前に出た。



「あ、あの、母さん。俺……」

「ああ、アルカ。こっちに来なさい」

「はい……」



 逃げ出したい気持ちを抑えて、アルカが前に出る。

 ウィエルは天使の笑顔を崩さず、そっとアルカの頬を撫でた。

 最愛の我が子との再会を喜ぶように。慈しみ、愛でるように。

 正直、拍子抜けした。ビンタの一発でも見舞われるかと思っていたから。

 そこで、アルカは察した。

 クロアが鞭だとしたら、ウィエルは飴なのだ、と。



「母さん……俺っ、ごめ──」

「歯ァ食いしばれ♡」

「──へぶばっ!?!?」



 突如頬を襲った超衝撃。

 まるで顔面に砲弾を食らったかのような衝撃に、アルカの意識が飛ぶ。

 が、反対側から来た次の衝撃で強制的に意識が戻った。



「へべっ、ぶべっ、あばっ、おぶっ!?」



 超高速の往復ビンタが、何度も何度も何度も何度もアルカの顔面を襲う。

 勇者一行の三人組は恐怖で動けず、クロアは無表情でそれを見ている。

 ミオンは首を傾げて、クロアに話しかけた。



「クロア様。ウィエル様のご様子、おかしくないですか?」

「そうか、ミオンちゃんはあのウィエルは初めて見たんだっけ。ウィエルの怒りの表現は、いくつか段階があるんだ」



 簡単に分ければこうなる。

 一段階、笑顔で圧をかける。

 二段階、魔法で攻撃。

 三段階、笑顔で物理。

 四段階、無表情で物理。



「そして五段階だが……」

「ま、まだあるんですか」

「うむ。だが、この五つ目は俺も見たことがない。そこまでウィエルが怒ることもないからな」

「じゃあ今のウィエル様は……」

「三段階目だな」

「ひぇっ」



 今のウィエルでさえ怖いのに、その更に上が二つある。

 絶対に怒らせないようにしよう。改めて誓った。


 数分後。



「アルカ、起きてます?」

「…………」



 顔面が三倍になるくらい腫れ、痙攣しているアルカ。ギリギリ頷いてるのを見るに、気絶はしてないらしい。



「よかった。それじゃあ、あと五分くらいいきますね♡」

「ッ!? ぶべっ!!」



 ──十分後。



「はぁ、スッキリしました」

「…………」



 清々しい笑顔のウィエルの足元には、ぴくりとも動かないアルカが。

 勇者一行は怖さのあまり号泣。ミオンも涙目だった。



「なんでこんなにビンタしたか、わかりますよね。あなたは勇者の責務を怠った。これはその罰です」

「……ぅ……は、ぃ……」

「もう回復しましたか。流石、自己再生力がずば抜けてますね。……でも遅い。魔剣帝ドドレアルが相手なら、再生する暇もなく切り刻まれているでしょう」



 ウィエルの言葉が突き刺さる。

 今まで戦ってきた魔族は、四人がかりで倒すことが出来た。

 どれだけ強くても、四人いれば絶対倒せる。そう思っていたが……自分より遥かに強いウィエルが、今の自分では絶対負けると言った。

 アルカは過去の自分を呪った。


 何故今までもっと修行を積まなかったのか。

 何故サボってしまったのか。

 何故快楽に負けたのか。


 後悔しても、もう遅い。

 既に敵の眼前まで来てしまった。今更引き返して修行の旅に出ることは出来ない。

 ウィエルもそれはわかっているのか、ため息をついてクロアを見た。



「あなた、どうしましょう。今回ばかりは私たちでやった方がいいのでは? 勇者の敗北は、人類の敗北。勇者を失った人類は、滅びてしまいますよ」

「……そうだな、ドドレアルは俺らがやろう」



 クロアも仕方ない、という感じで同意した。

 それに対し、アルカは何も言い返せない。

 悔しさと惨めな気持ちで地面を見つめる。


 すると、クロアがアルカの首根っこを掴んで持ち上げた。



「明日、日の出と共にドドレアルの元に向かう。付いてくるか来ないかは、アルカ次第だ。……悔しいなら歯を食いしばれ。惨めに思うなら立ち上がれ。変わりたいなら歩き出せ」

「……父さん……」

「という訳で寝る。起こすなよ」

「わっ!?」



 アルカをテントの外に放り出すと、勇者一行は慌ててその後について行った。

 そんな一部始終を見ていたミオンが、くすくすと笑った。



「クロア様、お優しいですね」

「ねっ。旦那の根本は、凄く優しいんです」

「……うるさい」



 珍しく頬を染めたクロアは、用意されていた食事に食らいついた。

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